現代詩
巡 回 夜の工場では眠れない どれほど多く 湿った物影があっても どれもが大きすぎ 間隙を すぐに生温かい 獣の息が満たすので しかし眠れない夜 迷い込むのは 遠い工場 なつかしく 影が揺れ スチームが 雲のように流れ 地面には 大きな穴がいくつも あいて…
座標、北 (北緯36度 古く硬い座席は緩く揺れ続け、前の座席などはもうほとんど回転しているが、めまいは心地よく、激しい雨に歪む窓の外もみえないのだが、それでもこの乗り物はこんな小さな視点に止ることがない。 動き続けてさえいれば、機械的な不完全…
砂川―砂丘 視野の暗いはずれざわざわと音深く落ち ちりちりと動くもの 目を凝らす ぼやける 読める 溶ける と 予感が鳴り 滑りしめつけて (…誰か) 言葉が滑り込んで …いた… 音重なり少し遅れて聞こえる 同じように動いている身体 すぐ近く 置き去りにした…
雪 籠 雪 粉雪 吹雪 雪 暗い窓 滑落する 重い渦 零下 風 浮かぶ 人影 鬼面 高麗の 手足 しなやかに 遠く 鼓 とん、とんとん 静かに 雪 散らし 不意に 吹雪 厚く 流れ込み 円舞台 練り込まれ 遠い 鼓 とん、とんとん とん、とんとんとん ふと 目覚める 赤子 …
吹 雪 祭 雪 夜を 青く落ち 線路の響き 汽笛 凍える声 遠く ここ、に 列車 なめらかな夜を すべり 川岸に 音 凝り 小さな獣たち 闇に溶け 春の痒みに ぬるく 沈み 不意に 首を上げる 青い鹿 細く 目 貫いて 吹雪 重く 林を 祈る枝を ひとがたの根を 氷割れる…
風 鼓 祭 家が 鳴る 深夜 低い唸りが 聞こえる それは 電線が 荒れる風を 切り裂く音 厚く 濃密に吹き荒れる 風は 大気から大粒の雨をしぼりだし 弱い生き物の 隠れ家に 叩きつける その風が 細い しなやかな線で 切り裂かれ うめく 線は するすると延びる …
砂/川 帰れ と言う 薄い布団に 乾いた指を重ねて 窓でカーテンが揺れ あの日、僕/祖母を置き去りにした 祖母/僕は 病室の 重すぎるドアを閉め 一段一段が高すぎる階段を 飛び降りるように 外へ出ると 短い影が 鍵を、 と囁く 振り返ると 古く低い家の窓 …
暖かい日の午後 書店で 買い物ついでに 立ち寄る書店 子供は 入り込まない 文庫本がぎっしりと並ぶ 好きな場所。 そこに あ、 赤いスカートの 少女 まだ 小学生 かな 並んだ背表紙を 目で追っている 本を 選んでいる その身体が 弾んでいる そして 一冊を引…
雨に埋る空洞 冷たい風の吹く春の日 黒い皮袋 鉄の軌道を滑り 暗い穴 鉄の輪を握る白いひとがた の 枯れた枝に絡まる 蜘蛛の糸 空間の傷 一人暮しの春 窓硝子を歪ませる ぬるい雨に溶ける 空洞 次第に近寄ってくる音を怖れ 工場群の 遠く響く金属音に紛れこ…
横断する楔 楔。 水晶の楔。 回転する水晶の楔。 遠い分光器。白色の空間から色彩を削り出し、撒き散らす。中世都市設計図の裏面。深い空隙。不意に照らし出される、底の獣。黒く、強くしなる尾。硬く、張りつめた肌。冷たく、湿って… 狂い。 色調の狂い。 …
関門海峡 水面が、早朝の陽の光を映して輝いている。 穏やかな海面のすぐ先に、対岸が見えた。 近いのだ。海底の隧道を使えば歩いて渡れる。 その、ほんの少し先に渡ることを拒まれた一族がいた。 権門を誇った人たちだった。 その多くが、この海に消えたと…
よく晴れた朝に つるつるした 秋の 青い 空 切り出された 先端で いびつな円が 身をよじっている 待ちわびた 秋なのに もう 夏を 思い出している 肌の下が さわさわと ざわめいている 小さな冬の塊 家の陰で 震える それを 身体に抱えて 凍える よく晴れた …
発 熱 それが動き始めた時のことを もう誰も覚えていない それが動いていることさえ もう誰も知らない 緻密に重なった 歯車と 腕と 細かな螺子と その中心で 静かに熱を吐いている 水晶の響きに 小さな螺子が震える とても滑らかに 触手を延ばす 複雑な器官 …
黒 点 垂直の 夜の平面が 長い影を引きずりながら 通り過ぎた 露点計 草の葉に 痕跡 境界線で 湿度が 振り落とされる 鴉は どこにいるのだ 鳴き声が 聞こえない 夜の影が静かに去ると いつも どこかで 忍び笑う鴉は どこにいるのか 朝なのか 本当に 目覚めて…
旋 回 しかし 朝目覚めたときには 確かにそれは重たかった それが 背中から ずるりとはがれ そのまま ずるずると落ちていった あるいは 自分の身体が ふるふると震えながら 浮かび上がったのかもしれない その鉄と石の塊が 柔らかいのは とても 滑らかに動く…
律 動 すべてはすべてのものになりうる、それはたんに可能性の問題ではなく、すべてのものがすでにそうであるという意味である。個体を分かつものは「境界」という想定された変化域であり、それで仕切られた領域の周囲には強度のグラデーションがみられ、そ…
網 状 成長/展開 似ている何か 外にある何かから それは来たものだ 尾を振る線虫 不安な目は 外の何かの 断片を持って 侵入した そして温かな体内で 断片は成長する 身体を取り込んで それは静かに 展開する 流れ/力 流れは 力をその裏に持ち 流れ続ける …
方 形 ぎっしりと詰まっていることだけが条件なのだ、それが許されるために満たしているべき条件、それ以外にはどのような状態も許されない、猫を詰めろ、あの柔らかな毛の、温かな毛の、犬を詰めろ、あの怯えた目の、尾をやたらと振る、すき間にはあの歪ん…
不 断/自 同 律 …それは 皮膜の 最も薄い場所を 探している ほら 走っている …しかし、目にみえないこと、経験を欠くことを根拠に結論したくない。そこで、我々は、比較的理解され易いと考えられるものを取り扱うことにしたい。これまでの議論から、ここで…
響 砂 島 遠く とおく きぃん きぃん と響く 静かな寝息をたてる 幻の白い女に似た 生まれたばかりの 光る深海魚 月からこぼれる光る砂に 赤犬は肩まで埋まって 頭に降りかかる砂を 耐えている 赤犬は 生まれる前の 意識がまだ 器官をかたちづくることを知ら…
剥 落 寸法の違うものを 無理にはりあわせていた ので 耐えられない 蒸し暑い日 顎の先から落ちた汗が染み込んで 剥がれてしまう 呆然とする表面に ふと 嫌だ くるくると丸まった 裏面が 肌寒そうに 身を よじった しかし それは 脱離の 不安 決して 表面に…
漣 碑 あの日 午後の明るい湖面に浮かんでいた 金色の 女の像を 崩すことを想像した 手に重く 歯に硬く 沈黙した古代の機械 なんども なんども 繰り返し 身をそらして 湖は 界面を 泡立たせる ここは、 おれは、 どうしてこんな、 なぜあれが、 おれのほんと…
雨 界 激しく叩く 雨に歪むガラス窓から 立ち現れては崩れる 外の光景をみていると バスのエンジンは 悪い病のように咳こみ きつい山道の 小石を弾き飛ばしはじめる 腰から力を奪うのは きまって 悪い熱だ 逃げるのは 悪い手段ではない 平面を 縦断 できるの…
孤群/セル 駅は 厚い 人の流れ いつのまにか 前を歩く人の背中を透かして 自分の進路をみている と 僕のなかに 後ろを歩く誰かの視線が 紛れこむ あれは… そうか… 立ち尽くす人を避けて 流れは分かれ となりの流れに 飲み込まれる その手前で 小さな渦が生…
過 飽 和 張りつめた 満ちた空間を 無数のセルで区切り 揺すると滴になる その滴が 落ちる瞬間 身構える 時間 という 一つの ありかた に 身を投げるのだから しかしその滴は どこにもいかない その場所で 落ちるのだ 下へ、でも 上へ、でも 前へ、でも 後ろ…
帰 る もう何度目だろうか また帰りはじめる 何本も電車を乗り換え 冷たいバスターミナルのベンチで待ち 信号が黄色く点滅する交差点を過ぎ 暗く長い坂を下り、上り 風のさわさわとやまない沢の水音に怯え やがて懐かしい家の前に立つ 玄関に入ると家の中は…
「底」/の /展開/ /…あ /あ… * 激しく 滑ら、かに 巻き 戻される 果たさ れなかった 「… …私…」 落下… し 底に溜 まる 動詞の群 底の「 獣 」たち の匂 う胃を満、たす …精密に目盛られた大地に染みすら残せなかった たった一度の展開 たった一度の砲…
異和/虜囚の目 …侵入するものよ… …食らいつく貪欲な意味達よ… 無数の薄層は匂い豊かに濡れ砂を吐きながら崩れる 緩く波打つ白い肌の表面に凝るかに感じる鉛の短針 微かな接触に不確定の波動は遅延し虫達の群が崩れ メニスカスに意識を集め音もなく重なりな…
界 枯れ落ちた棒杭が 道を埋めて 揺れ ながら 足をつかむ 掘り返す 発酵して 巨大な花が 白く 煙を流す 熱い夏 なかったはずのものが 振り返る 海辺の 穴 の 目 すり鉢状の 底の魚卵 と 骨 逃げて行く 背中 あの犬はもう埋めてしまったほうがいいだろうただ…
渇いた眼球 …「個々」の「私」達からこぼれ落ち続ける無数の虫達は膨らむ球形の熱いコロニーとなり、ここ、ではない層を探りながら浮遊する。やがてコロニーは自重で縮壊し「私」達のネットワーク(それは周縁部の最も野性的な部分を発散するものとして含む…