安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかな暮らしのために

百人一首の歌人

【百人一首の歌人】「わびぬれば今はた同じ難波なる」 元良親王 悲劇の皇族の恋歌

百人一首第20番目の歌の作者は元良親王です。 陽成院の第一子でしたが、父の退位後に生まれています。 天皇に即位する可能性はほとんどありませんでした。 陽成院は藤原基経との対立で退位させられた人でしたね。 今回は元良親王について紹介します。 元良親…

【百人一首の歌人】「難波潟短き蘆の節の間も」 伊勢 恋多き才女

百人一首第19番目の歌の作者は伊勢。 藤原北家の一人、伊勢守藤原継蔭の娘といわれています。 それで伊勢。 今回は伊勢について紹介します。 伊勢とは 宇多天皇の女御で藤原基経の娘温子に仕えます。 その間、温子の兄弟と相次いで恋愛関係になります。 また…

【百人一首の歌人】「住の江の岸に寄る波よるさへや」 藤原敏行朝臣 繰り返し押し寄せる恋心

百人一首第18番目の歌の作者は能書家としても有名な藤原敏行朝臣。 多くの人から頼まれて二百部あまりの法華経を書写したといわれています。 今回は藤原敏行朝臣について紹介します。 藤原敏行朝臣とは 藤原姓ですが、藤原南家の人。この頃の権勢の中心にい…

【百人一首の歌人】「ちはやぶる神代も聞かず竜田川」 在原業平 才人の振る舞いに潜む反骨心

百人一首第17番目の歌の作者は在原業平。 16番目の歌の作者在原行平の弟です。 兄弟の歌が並んでいるのですね。 在原業平は「伊勢物語」の主人公と考えられている人物です。 今回は在原業平について紹介します。 在原業平とは 時代背景 百人一首の歌 在原業…

【百人一首の歌人】「立ち別れいなばの山の峰に生ふる」 中納言行平(在原行平) 別れの情景を詠う

百人一首第16番目の歌の作者は中納言行平(在原行平)。 在原業平の兄です。 因幡守として赴任する時に詠んだ歌が百人一首に選ばれています。 今回は中納言行平(在原行平)について紹介します。 中納言行平(在原行平)とは 時代背景 百人一首の歌 中納言行…

【百人一首の歌人】「君がため春の野に出でて若菜摘む」 光孝天皇 優しい思いやりの歌人

百人一首第15番目の歌の作者は光孝天皇。 皇子の頃に詠んだ歌が百人一首に選ばれています。 光孝天皇は、先に紹介した陽成院が若くして退位した後に即位した天皇。 その時の年齢は55歳だったようです。 今回は光孝天皇について紹介します。 光孝天皇とは 時…

【百人一首の歌人】「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに」 河原左大臣こと源融 光源氏のモデルの一人

第14番目の歌の作者は河原左大臣こと源融。 嵯峨天皇の皇子の一人ですが、臣籍に下り源姓を名乗りました。 恋多き人だったようで、光源氏のモデルの一人とも言われています。 今回は河原左大臣こと源融を紹介します。 河原左大臣とは 時代背景 百人一首の歌 …

【百人一首の歌人】「筑波嶺の峰より落つるみなの川」 陽成院 綏子内親王への恋歌 藤原一族の権力闘争の影に

第13番目の歌の作者は陽成院。 第57代陽成天皇が退位後上皇として過ごしていた間に読んだ歌です。 恋歌で宇多天皇の妹の綏子内親王に送ったものと言われています。 今回は陽成院を紹介します。 陽成院とは 時代背景 百人一首の歌 陽成院とは 陽成院は清和天…

【百人一首の歌人】「天つ風 雲の通ひ路吹きとぢよ」 僧正遍昭 彩のある歌を詠む

第12番目の歌の作者は僧正遍昭。 出家前は良岑宗貞(よしみねのむねさだ)といい、六歌仙、三十六歌仙に選ばれた一人でした。 宮中の行事で舞を舞う少女たちのことを詠んだ歌で、彩のある、とても華やかな内容のものです。 今回は僧正遍昭紹介します。 僧正…

【百人一首の歌人】「わたのはら八十島かけて漕ぎ出でぬと」 参議篁(さんぎたかむら) 清廉潔白な、矜持の人

参議篁は「篁物語」のモデルになった人。 ja.wikipedia.org 残した歌に基づき、恋愛物語風に書かれているものです。 篁物語は以下の書籍に収録されています。 平安時代物語選要 - 国立国会図書館デジタルコレクション 今回は参議篁について紹介します。 参議…

【百人一首の歌人】「これやこの行くも帰るも別れては」 蝉丸 盲目の琵琶法師が行き交う人たちに思う

百人一首の第十歌の歌人は蝉丸です。 夢枕獏さんの「陰陽師」シリーズにも時々登場します。 ご存知の方も多いかと。 今回は蝉丸について紹介します。 蝉丸とは 時代背景 百人一首の歌 蝉丸とは 盲目の琵琶法師だったと伝えられています。逢坂の関(山城国と…

【百人一首の歌人】「花の色はうつりにけりないたづらに」 小野小町 情熱的な恋愛歌の作者

百人一首の九首目の作者は小野小町。 前の喜撰法師と同じく、九世紀頃に生きた人です。 小野小町、名前は知っている人も多いかもしれませんね。 今回は小野小町について紹介します。 小野小町とは 時代背景 百人一首の歌 小野小町とは 名前から小野氏の娘で…

【百人一首の歌人】「わが庵は都の辰巳しかぞ住む」 喜撰法師 飄々とした世捨て人

百人一首の八首目の作者は喜撰法師。 九世紀頃の人で、小野小町などと同時代に生きたと考えられています。 今回は喜撰法師について紹介します。 喜撰法師とは 時代背景 百人一首の歌 喜撰法師とは 宇治の御室戸の奥に住んでいたようです。 鴨長明の「無名抄…

【百人一首の歌人】「天の原ふりさけ見れば春日なる」 阿倍仲麻呂(仲麿) 唐の衰亡を見続けた才人

百人一首の七首目の作者は阿倍仲麻呂(仲麿)。 遣唐使として中国大陸に渡り、現地で重用されました。 任期が終わり、帰国の途についた時に詠んだ歌が百人一首に収められています。 ただ、残念ながら阿倍仲麻呂は帰国できなかったようです。 今回は阿倍仲麻…

【百人一首の歌人】「鵲の渡せる橋に置く霜の」 中納言家持(大伴家持) 戦乱の世の武門の歌人

百人一首の六首目の作者は中納言(大伴)家持とされています。 百人一首に採用された歌は「家持集」に入っていたので、大伴家持の作とされていましたが、現在は他人の作とされているようです。 今回は中納言家持(大伴家持)について紹介します。 中納言家持…

【百人一首の歌人】「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の」 猿丸太夫 奥山の暮しへの憧憬

猿丸太夫は奈良時代の歌人です。 36歌仙の一人なのですが、この人もその正体がよくわかりません。 生没年不詳。太夫というので、なんらかの官位についていたと考えられるのですが、その記録がありません。 作品だけが知られる、不思議な人です。 今回は猿丸…

【百人一首の歌人】「田子の浦にうち出でてみれば白妙の」 山部赤人 歌聖が歌う富士の絶景

富士山 百人一首の4首目は奈良の宮廷歌人、山部赤人によるものです。 絵画や写真を見るように、風景がありありと目に浮かびます。 36歌仙の一人ともされていて、自然叙景を得意とした歌人です。 今回は山部赤人について紹介します。 山部赤人とは 官位は高く…

【百人一首ゆかりの地:読書記録】図説 地図と由来でよくわかる! 百人一首 吉海直人[監修]

百人一首には、古くは天智天皇から選者の藤原定家まで、様々な時代の多くの歌人の歌が選ばれています。 これらの歌の舞台がどのような土地であったのか。 そこに注目して作られたのがこの本です。 それぞれの歌には由来と関連する土地の地図が添えられていて…

【百人一首の歌人】「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の」 柿本人麻呂 「伝人麿作」 伝説の歌聖について

百人一首の第三首の作者は柿本人麻呂とされています。 これは、現在では本人の作ではないとの解釈で落ち着いているようです。 読み人知らずとして「万葉集」にあるものを、その後の人たちが「人丸(ひとまる)」作と伝えるようになり、それがやがて「人麻呂…

【百人一首はこうしてできた:読書記録】百人一首の謎を解く 草野隆

百人一首の作者について学び直しているところですが、百人一首自体がどのように成立したものなのかが気になっていました。 それで見つけたのがこの本です。 一般には藤原定家によって選ばれたもの、小倉山荘という建物の障子絵に添えられた色紙に書かれたも…

【百人一首の歌人】「春過ぎて夏来にけらし白妙の」 持統天皇 おだやかな世への願い

百人一首の第二首の作者は持統天皇です。天智天皇の娘、女帝です。 歌われている情景はとてもおだやかなもの。 壬申の乱の後の時代。何事もなかったとも思えません。 平穏な日々を望む持統天皇の理想でしょうか。 あるいは人々の願望に耳を傾けたものだった…

【百人一首の歌人】「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ」 天智天皇 庶民の視点を持てる国家指導者

百人一首の第一首の作者は天智天皇とされています。 粗末な暮らしをしている人物の歌のような雰囲気ですが、様々な大改革を自身で進めてきた国家の指導者にようものです。 こんな歌を詠んだ天智天皇とはどんな人物か気になりませんか? そして、どんな時代に…

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