座標、北
(北緯36度
古く硬い座席は緩く揺れ続け、前の座席などはもうほとんど回転しているが、めまいは心地よく、激しい雨に歪む窓の外もみえないのだが、それでもこの乗り物はこんな小さな視点に止ることがない。
動き続けてさえいれば、機械的な不完全さなどどうでもよい、周縁部はまさに今組み立てられている、そして深い中心部は込み合いすぎてもうほとんど動けなくなっている、そこ、にいた、ここ、は、別の層だ、しかし、ここ、も、いつか降りなくてはいけないのだけれど、もう夕暮れ時か、外は薄暗く、落ち着かず、焦っている、それに、脱いだ靴がみあたらない。
このまま揺れる座席に身体を縛りつけられたままどこかに落ちなければならないのか、そして、どことも知れない夜の街をうろついてこなければならないのか、ああ、あの長い坂をまた登るのか、そう思うと耐えきれないほど肘が冷たい。
(北緯41度
と、不意に、駅、長い列車の影、駅はそのまま港につながっていて、港には黒い大きな船が停泊している。
目の前の窓が大きく開き、滑り落ちるともう乗船口に並ぶ、小さな人達が柵に寄りかかり、乗船の合図を静かに待っている、乗船口は深く暗く、その闇のなかに、ここでもまた、重くなにかが身構えているのがわかる、黒く、冷たく湿った皮の、底の獣。
すぐに船は港を離れるが、空はもう夜明け前の薄明るさになっている、潮風に吹かれることもなく、もう対岸で乗り換えなくてはいけないのだ、しかし乗客は誰も立ち上がろうとしない、みると冷たい風呂場の床で、ゆっくりと近づいてくる火を待っている、視野は暗く落ち身体までしぼんだ状態でどこかへ放り出されるが、この船を運んできた、海にいるはずの、あの巨大な背中をみることもなかった。
(北緯46度
記憶のように、白い鳥が冷たい東風に溶ける、真冬の砂丘の先、海が膨らみ続ける、そうだ、もう帰らなくてはと思うのだが、そのたび、手のなかの切符の文字がぼやけて読めないので、いつもここでしゃがみ込んでしまう、足が、腰から下が、なにかに濡れているようで、重い。
しかし、知っている、慣れてさえいる、もう少しここで待てば、やがて、冷たい、朝の雨が降る。
【現代詩】「座標、北」
不完全な機械を濡らす冷たい雨のイメージ
現代詩の試み
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