安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかに日々を送るための試みの記録

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2010年3月下旬から4月上旬 家族でタイでの生活を始めた頃【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

家族で暮らしたシラチャのサービスアパートメント

 

2010年の2月から3月は、現地での仕事の立ち上げや諸々の整理で忙しい時期でした。

現地の銀行口座開設、ワークパーミット申請、娘の転校先になるシラチャ日本人学校での転入準備、そして家族で暮らすサービスアパートメントの選定。

 

2010年当時はリーマンショックを受けて、現地に出向させていた駐在員を帰国させる企業が多かったようです。

それで、空室が増えていて、思いがけず好条件の部屋が見つかりました。

 

シラチャは日本人駐在員の人気の都市。

リーマンショック時期に、逆に出向していくということでなければ見つからないような部屋を家族のために用意することができました。

 

家族が引っ越してくる前に、僕一人で先乗りで部屋に入り、一月ほど一人で暮らしました。

テレビはNHK以外も観ることができました。

日本のバラエティー番組や映画などは、ロビーで安価にレンタルすることができ、その意味での寂しさはほとんど感じませんでしたね。

 

3月27日(土)にいよいよ家族を迎えに一時帰国しています。

夜に家族と再会。

妻はほとんど一人きりで引越しの準備をしていました。

いま思い返しても、感謝感謝の思いばかりです。

タイではそれまで以上に妻を大切にしようと心に誓ったものです。

 

タイに家族で移動したのが3月30日から31日にかけて。

30日(火)の夜は成田空港の近くのホテルに一泊しました。

ホテルに、それまで乗っていた車を業者の人が引き取りに来てくれました。

そこで愛車とお別れ。

31日(水)はホテルのシャトルバスで空港へ移動。

ラウンジで食事をした後、飛行機に搭乗。

日本出国、タイ入国。

 

スワンナプーム空港でドライバーさんと再会、そのままシラチャへ。

妻も娘も、車のスピードに驚いたようです。

ドライバーさんには、後日、家族を載せているときはスピードダウンするようにお願いしました。

 

シラチャのサービスアパートメントについて、少し休憩してから、ロビンソンの中にあった和食レストランFujiに行きました。

そこで夕食。

三人とも握り寿司のメニューにしました。

 

なんとなくメニューに乗っていたペットボトルのお茶を一本、勢いで頼みました。

テーブルに届いたお茶を三人で飲んで、無言、苦笑。

今ではよく知られている、タイでの甘い緑茶でした。

 

お寿司はそこそこ満足できる味。

ゆっくりと過ごしてからサービスアパートメントに戻りました。

 

部屋には航空便で届いた少量の荷物と、飛行機でそれぞれが持ってきた手荷物のみ。

船便の荷物が届くまでは、まだまだガランとした感じです。

 

それでも、家族三人がまた揃ったので、僕はとても安心しました。

その夜から、家族でのタイの思い出の多い暮らしが始まりました。

 

 

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2010年3月下旬から4月上旬 家族でタイでの生活を始めた頃

【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

 

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どうぞご贔屓に。

 

 

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