不安に過ごした夜が明けました。
父母の会話で、大体の事情は分かりましたが、はっきりと聞いたのはその日の夜のことでした。
そのとき、どのように感じたのかは覚えていません。
ただ、うまく説明のできない無力感があったように思います。
【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十六)③
朝食を食べていると、父と母が小声で話していた。
「きっと、川に行ったんだろうって」
「下の子も、一緒らしい」
そんなことをいっていた。
教室での朝の会に、西森先生は少し遅れて来た。
何か心配事があるような顔をしていた。それでも先生は普段通りに授業を始めた。
朝はとても寒かった。通学路の脇の雑草が、霜で白くなっていた。それが、帰る頃にはすっかり暖かくなっていた。
私は、帰り道、灌漑溝の橋のところでふと立ち止まった。
道路脇の草むらが、風で揺れた。
風がクルクルと渦巻いて、そのまま空に昇って行った。
父が、いつもより少し遅く帰って来た。疲れているようだった。
「やっぱり、川だったな」
そう母にいっていた。
「二人一緒だったそうだ」
「確か、同級生だったかね」
それからすぐに家族そろって晩ごはんを食べた。父はいつものように、お酒を少しだけ飲んでいた。私の膝の上には、子猫が丸まって寝ていた。
晩ごはんを食べながら、母は私と妹に教えてくれた。
「沢井さんのおばさんと、下の女の子が亡くなったんだよ」
昼間、石狩川の畔で二人が見つかったそうだった。二人はお互いの手首をしっかり紐で結び合わせていたらしい。それで、自殺だと思われるということだ。
何を考えていいのか、わからなかった。
ただ、灌漑溝にかかる橋の風景を思い出していた。
そして、きっと、とても寒かったろうと思った。
それだけで、僕は精いっぱいだった。
「沢井さんの奥さん、最近ノイローゼ気味だったらしいってさ。下の子としか話をしていなかったらしいよ。それで家を出る時に連れて行ったみたいで」
母が父に、そんなことを言っていた。
私は最近、沢井さんと会っていなかった。
最後に会ったのはいつだったのか、思い出そうとした。
「沙河」(暖淡堂書房)から
*☺☺☺☺☺*
この後、通夜に行きました。その辺りはまた次回。
なぜか子供は自分だけでした。
その理由は今でも分かりません。
父母から聞かされたこと
友だちが一人、いなくなるということ 【沙河36】
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