安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかな暮らしのために

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【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十三)② 祖父の遺体が家に運ばれてきた朝のこと

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 湯灌を終えた祖父の遺体は、北枕になるように敷かれた布団の中に横たえられていました。 その枕元に祖母が静かに座っていて。 よく晴れた朝でした。 風が強かったのか、部屋の中に映る雲…

【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十三)① 祖父が亡くなった夜のこと

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 入退院を繰り返していた祖父が亡くなりました。 そのときはまだ知りませんでしたが、大雨をもたらす台風が接近していました。 dantandho21.blogspot.com 沙河 (暖淡堂書房) 作者:暖淡堂 …

【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十二) 恐くて 優しかった 祖父のこと

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 昭和50年から52年にかけてのエピソードです。 祖父は仕事を定年退職して、家でノンビリ過ごしていました。 夕方になると、決まってテレビの前の定位置で晩酌をしていました。 当時の大相…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 いったんまとめます 

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 これまでの記事をまとめています。 まだ続きます。 少しずつ、事件のようなものも起こるようになります。 覚えていることが増えてきているというのもありますね。 dantandho21.blogspot.c…

【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】誰もが大好き 空芯菜の炒め物

空芯菜の炒め物 空芯菜、ご存知の方、きっと多いですよね。 タイをはじめ、東南アジアでは「雑草」のように生えているらしいのですが、これが美味しい。 タイでの勤務地はタイ湾に面した海沿いの街だったのですが、その道路沿いにもたくさん生えていました。…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (十一)小学校低学年までの部分は今回でおしまいです

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 生まれてから小学校3年生くらいまでの部分、今回までです。 あまり事件らしい事件がなく、おとなしく時間が過ぎていました。 この後も、大きな事件はありませんが、少しずつ心が揺れるよ…

【休暇の取り方】飛石お盆休みの選択 長く休んだ気分になれる休み方

今日が山の日でお休み。家で一日のんびりと過ごしていました。特にお出かけすることもなく。暑かったので、なんとなくダラダラとしていました。 で、明日8月12日は仕事をします。といってもテレワークなので、家にいます。通勤電車の混雑での苦労はありませ…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (十)④ 初めての友達 教室で遊んだことを覚えています

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 早生まれで身体が小さかったので、走り回っている同級生の中にはなかなか入れませんでした。 近くの子に声をかけるでもなく、一人きりで遊んでいました。 気がつくと、僕と同じことをする…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (十)③ ついに小学校入学式の日がやってきた

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 小学校の入学式の日になってしまいました。 雪の多い冬だったようで、たくさん雪が積もっていました。 当日も小雪の舞う日で。 母親と二人で入学式に参加しました。 dantandho21.blogspot…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (十)② 小学校入学前の最後の冬

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 一人きりで遊んでいられた時代は終わりが近づいて来ています。 小学校入学前の最後の冬です。 暖かな風が吹き始めても、僕は相変わらず、いるのかいないのかわからないくらいに静かに、一…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (十)① 小学校入学が近づいて来ました

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 幼稚園に関しては、ほとんど思い出がありません。 通っていなかったので。 友達もいませんし。 で、相変わらず一人で過ごしていました。 祖母が買い与えてくれていた幼児むけの雑誌を読ん…

【安心感の研究】雑記ブログのつもりで続けていたら 雑居ブログになっていた

こんにちは、暖淡堂です。 お立ち寄りいただきありがとうございます。 2021年9月22日にはてなブログをスタートさせました。 あと1ヶ月と少しで1年になります。 Yahooブログがサービスを停止したので、アメブロに乗り換えていたのですが、思うところあっては…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (九)③ 幼稚園でのほぼ唯一の思い出 

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 幼稚園には通っていなかったのですが、籍はあったのかもしれません。 幽霊園児ですね。 出席日数は足りなかったのでしょうが、無事卒園した形になり(?)、小学校には通うことができまし…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (九)② 家族の連携プレーで 家から連れ出された

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 まったく幼稚園に行かないというのは、家族の不安のもとだったようです。 ある日、おそらくは母と祖母と幼稚園の先生の相談のもと、僕は心地よく過ごしていた家から連れ出されてしまいま…

【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】タイの市街部の建物 ヨーロッパの影響が見られます

タイ市街部の建物 タイの街中の建物を車の中から撮影しました。 一見してわかるのが、建物が隣とくっついているということ。 これって、ヨーロッパでよく見られる状況ですよね。 おそらく、東南アジアに「ビルディング」というものが持ち込まれたときの形な…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (九)① 幸福な幼年期の終わりの始まり 幼稚園通園のこと

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 幸福な幼年期も、終わりが見えてきました。 幼稚園への通園という問題が発生したのです。 当時の自分の言動は正確には覚えていませんが、ずっと家にいたいという意思表示はしたかもしれま…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (八)② 昭和の北海道の冬の準備 砂川に海はないけれど

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 鰊や鰯を木の箱で買っていました。 砂川は海は近くないので、どこから調達していたのでしょうか。 届けられた大量の魚を祖母が家の外でさばいて、それを紐にかけて干していました。 猫が…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (八)① 自宅で飼っていた動物のこと

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 家で飼っていた動物のうち、馬はほとんど記憶にありません。 犬は微かに覚えています。 猫はずっと家族の一員として一緒に暮らしていました。 一番印象に残っているのが鶏。 たくさんいて…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (七)② 祖母の実家での事件いくつか

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 祖母の実家に遊びに行くと、気持ちがリラックスしていたのか、自分で思い返しても面白いことをやらかしています。 怪我をしたことも何度か。 そういえば、犬に噛まれた痕がまだ頭に残って…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (七)① 今まで会ったことのある最高齢者 その名は「オババ」

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 祖父母に連れられて親戚の家を何度か訪問しています。 大体が旭川の鷹栖周辺。 そこで祖母の母親に会っています。 みんなから「オババ」と呼ばれていました。 僕から見ると曽祖母。 祖母…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (六)② 炭鉱での労働や道路工事で働いていた人たち

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 自分が生まれたのが、終戦から20年経った頃。 世の中にはまだまだたくさんの戦中、戦前が残っていました。 昭和40年頃を境に、急激に色々と変わったのも事実かもしれません。 そんな、色…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (六)① ところどころに暗がりがあって怖かった実家のこと 祖母のことなど

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 もう無くなってしまったのですが、実家の以前の家は、暗い部屋がいくつかありました。 祖父母の部屋も、そんな暗い部屋の一つ。 直接外に面した窓はありませんでした。 その分、冬でも暖…

【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】ムアンボラン ちょっと悲しい思い出

ムアンボラン 家族でタイに住んでいた頃のお正月休みに、バンコクの近くにあるムアンボランに遊びに行きました。 中がとても広いので、入り口で自転車を借りて移動することにしました。 所々で写真を撮ったりしながら、のんびりと見て回りました。 タイ国内…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (五) 水への落ち方のバリエーション

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 子供の頃、よく水に落ちました。 用水路とか、溜池とか。 温泉ということもありました。 それ以外にも落ちたことがあります。 いくつかのバリエーションを、覚えているものについて書いて…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (四)② 昭和40年代も女の子はアイドルに夢中だった

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 子供の頃に一時期預けられていた家では、従姉妹たちが遊んでくれていました。 中学生から高校生くらい。 自分達の部屋の壁や天井には雑誌から切り抜いた写真がたくさん貼ってありました。…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (四)① 雪に埋もれた家で過ごした日々のこと

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 母親の実家に一週間ほど預けられていました。 妹が生まれた頃のことです。 真冬で、家は雪に埋もれていました。 従姉妹達がいつも遊んでくれていて、寂しい思いはしませんでした。 祖父母…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (三)② 季節の変わり目は畑で感じていました

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 畑の様子の移り変わりで季節を感じていました。 よく目にしていたのはトンボです。 トウキビの穂の先にたくさんとまっていました。 いろんな種類のトンボが、やがて赤トンボばかりになっ…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (三)① 実家の周りのことを思い出すまま

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 自分が生まれた頃の実家の周囲のことを書きました。 北海道で育つ木々や花がたくさん植えられていたように記憶しています。 それらに混じって、食べられるものもあったと思います。 昭和4…

【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (二) 自分の土地で 家族と暮らす

Takachiko! Takachiko! 暖淡堂で「沙河」を少しずつ紹介しています。 下記記事は第二回分です。 4つに分けてあります。 砂川で自分の土地を手に入れたこと。 自分達の手で家を建てたこと。 当時の家族のこと。 それから、父母が結婚するまでのこと。 これら…

【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】タイの飲料水事情 インドの水は格が違う話

タイの飲料水 タイの水道水は、オフィシャルには「飲用可」。 それでも、誰も飲みません。現地の人も。 出張で行っていた頃は、歯を磨くのもペットボトルの水を使うことを強く推奨されました。 お腹が弱い人は、顔を洗うのも買った水を使った方がよいとも。 …

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