安心感の研究 by 暖淡堂

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2010年11月上旬 タイの気候に馴染み始めた頃 街中の掃除のこと【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

タイ駐在備忘録、2010年頃のこと

 

2010年11月上旬のこと。

数日日本に出張していた。

日本は秋になり、気温が低くなっていた。

タイでは着ることのない上着などを持って出かけた。

日本に時々帰国するので、どうしても、普段は着ないが、持っていないと困る衣服がある。

それで、タイの自宅のクローゼットはパンパンの状態になっていた。

 

タイも雨季の終わりに近づいていて、時々大雨は降るが、それ以外は気持ちよく晴れていた。

日記には「過ごしやすい、秋晴れだ」と書いてある。

日本よりも、暮らしやすく感じ始めていたようだ。

タイの気候に身体が慣れてきていたのだろう。

 

11月上旬の週末に、シラチャの日本人学校の運動会があった。

どの子供も、タイの日差しの下で、元気に身体を動かしていた。

娘も、しっかりとしたフォームで走るようになっていた。

それを見て、子供の成長に驚き、安心もしていた。

 

シラチャのサミティーベイ(病院)で検診。

半日かかった。

朝食を抜いて病院にいった。

検診が終わると、食堂でお粥を食べた。

この食事も検診とセットだった。

ダシが効いていて、美味しいお粥だった。

 

今でも続いているのか知らないのだが、僕がシラチャで暮らしていた頃は、よく人力で道路清掃をやっていた。

オレンジやグリーンのTシャツを着て、麦わら帽子を被った人が、箒で道路の掃いていた。

シラチャでは道路掃除は必要だとは思ったが、掃き掃除だけでは十分ではない。

あるとき、歩道上に、麺料理を食べた後だと思われる器と箸と汁の残りが放置されていた。

それはタイの暑い日差しの下で、ジワリと煮詰まっているようだった。

掃き掃除をしていた人は、その近くをザリザリと掃きながら通過した。

器はそのまま放置されていた。

掃き掃除をしている人は、それを見ないようにしていたのだろうか。

ホウキしかもっていないので、放置された器に気がついてもどうにもできないのだが。

(そういえば、ホウキで掃き集めたものは、その後、どうしていたのだろう…)

 

10年以上も経っているのだが、あの器は結局、どうなったのだろうかと、気になっている。

 

 

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