還暦記:暖淡堂

還暦前後の日々の記録を中心に

「わびぬれば今はた同じ難波なる」 元良親王 悲劇の皇族の恋歌

百人一首第20番目の歌の作者は元良親王です。

陽成院の第一子でしたが、父の退位後に生まれています。

天皇に即位する可能性はほとんどありませんでした。

陽成院藤原基経との対立で退位させられた人でしたね。

 

今回は元良親王について紹介します。

 

元良親王とは

生年890年、没年943年。

平安時代中期ごろの人です。

元良親王のエピソードとしては、左大臣時平(藤原時平)の娘褒子との恋愛が知られています。

褒子は醍醐天皇に入内することになっていましたが、それを宇多上皇が横取りしてしまいます。

その褒子との密通は、政権への反逆とも取られかねない危険なものだったかもしれません。

また、元良親王はよく通る美しい声の持ち主だったとも伝えられています。

 

時代背景

935年平将門の乱、939年藤原純友の乱などがありました。

藤原氏が権勢の基盤を固めつつある時代ではありますが、後の新しい時代を予言するような出来事は次々に起こっています。

特に、東国における武士たちの台頭に目を向けておくべきでしょう。

中国大陸では唐が904年に滅び、5代10国と呼ばれる時代になっています。

宋が中原を統一するのは、元良親王の死後、960年のことです。

 

百人一首の歌

歌:わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢わむとぞ思ふ

歌の意味:これほどに思い悩んでいるのであれば、難波にある澪標と同じすでに破滅したようなもの。そうであれば身を滅ぼす覚悟で逢ってしまおうとも思う。

 

「わびぬれば今はた同じ難波なる」

元良親王 悲劇の皇族の恋歌

 

藤原氏との権勢争いの影響を受けた人が読んだ恋歌。

皇族と藤原氏との争いは、様々な形で続けられたようです。

その状況を大きく変えたのが、続く時代の主役となる武士の台頭。

その先駆けとなる出来事が元良親王の生きた時代に見られます。

 

またお立ち寄りください。

どうぞご贔屓に。

 

 

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