百人一首第38番目の歌の作者は右近。
今回は右近について紹介します。
右近とは
生没年不詳。平安時代中期の人です。
右近衛少将藤原季縄の娘と伝えられています。
恋多き女性だったようで、元良親王・藤原敦忠・藤原師輔・藤原朝忠・源順らと恋愛関係にありました。
この歌の相手は藤原敦忠と考えられています。
藤原敦忠は、藤原家が菅原道真の怨霊に責められ、一族は短命に終わると恐れていました。
本人は三十八歳でなくなります。
当時の寿命から考えて、短命すぎるということはないかもしれませんが、それでも少し早目。
奇しくも、右近の歌の予言が当たったということかもしれませんね。
時代背景
菅原道真は醍醐天皇の頃、藤原時平ら藤原北家の一族の謀議、讒言により、太宰府に左遷されてしまいます。
その地で藤原氏を恨みながら亡くなって、怨霊になったと伝えられます。
菅原道真の怨霊を恐れたためか、その後藤原氏の主だった人たちは比較的若くして亡くなります。
藤原敦忠もそれを恐れたのですね。
今では、秀才だった菅原道真を慕って、学問の神様とも呼ばれています。
受験の頃には多くの学生が合格祈願にお参りしていますね。
百人一首の歌
歌:忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな
歌の意味:忘れられてしまった私のことはどうとも思いませんが、神への誓いを破った貴方の命が惜しまれてなりません。
「忘らるる身をば思はず誓ひてし」 右近
恋多き女の言葉にこめられた毒
魅力的な女性も、毒を吐きます。
その毒は、当時、当人たちが恐れていたものを暗示する歌の形で示されました。
毒の吐き方も芸術的。
またお立ち寄りください。
どうぞご贔屓に。
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