こんにちは、暖淡堂です。
再開後の第二回目です。
その管仲の名のもとに集められた文章をまとめたのが「管子」という書物。
「菅子四篇」はその「管子」の中の「心術上、心術下、白心、内業」の四つの篇のこと。
今回は心術の中で主要な位置を占める「道」という概念の説明の部分です。
心術上第三十六(短語十)
原文
道不遠、而難極也。與人竝處、而難得也。虚其欲、神將入舎。掃除不潔、神乃留處。人皆欲智、而莫索其所以智乎。智乎、智乎。投之海外、無自奪。求之者、不得處之者。夫正人無求之也。故能虚無。虚無無形、謂之道。化育万物、謂之德。君臣父子、人閒之事、謂之義。登降揖讓、貴賤有等、親疎之體、謂之禮。簡物小未、一道殺僇禁誅、謂之法。
書き下し文
道は遠からざるが、極め難きなり。人とともに並びおるが、得難きなり。その欲を虚しくすれば、神はまさに入りて舍(やど)らんとす。潔からざるものを掃除せば、神は乃ち留まりおる。人は皆智を欲するが、その智の所以を求むるなし。智か、智か。これを海外に投じれば、自ら奪はるる無し。これを求むる者は、これにおることを得ざる者なり。それ正人(聖人)はこれを求むること無し。故に虚無なり。虚無にして無形、これを道という。万物を化育する、これを德という。君臣、父子、人閒の事、これを義という。登降揖讓、貴賤に等有り、親疎の體、これを禮という。簡物小未、道を一にして殺僇禁誅する、これを法という。
現代語訳
道はどこか遠くにあるわけではないが、その本質に至るのは難しい。人と並ぶようにすぐ近くにあるのだが、それを自分のものとすることは難しいものだ。欲を心から取り除くことができれば、神はそこに入りこみ、ゆったりと落ち着こうとする。紛れ込んだ欲をすっかり取り除けた時、神はそこに留まっていることができるのだ。人は誰でも智を求めるが、智の大本を探ろうとはしない。智か、智か。智など世界の涯に捨ててしまえれば、それに心を奪われてしまうこともないだろうに。智を探し求めれば、本来いるべき場所にいることができない。正人(聖人)は、智を求めることなどない。だから虚無でいられる。虚無にして形なし。これを道という。万物を養い育てるもの、これを徳という。君主と臣下、父と子、そして人と人との間のけじめ、これを義という。朝廷に参画する、または退くときに譲り合うように振る舞うこと、貴きもの賤しきもの、また親密なもの疎遠なもの、これらそれぞれに応じた付き合い方をすること、これを礼という。小さな兆しのうちに物事を見分け、道とひとつになって殺戮禁誅の刑罰を執り行うこと、これを法という。
「菅子四篇」暖淡堂書房より
<簡単な解説>
「道」とは、管子の後に登場する老子との関わりが深い概念。
老子の「道徳経」はこの「道」という概念を中心に展開されています。
「菅子四篇」部分の成立した年代は、老子「道徳経」と前後します。
おそらくは老子よりも後の人たちによるもの。
その時代には「老荘思想」(老子と荘子)あるいは「黄老思想」(黄帝と老子)などと呼ばれている思想の学派があり、それに連なる思想家が活躍していました。
このような事情を考えると、「道」という概念を扱ったのは管子が先、老子が後、などということはできなくなります。
「菅子四篇」部分は「管子」全体とは分けて扱った方がいいかもしれません。
今回の部分の冒頭で「道」と人との在り方が説明されます。
「道」はいつも人の近くにあります。
しかし、人はそれに気づかず、自分のものとすることもできません。
心の中をきれい掃除しておくことで、いつの間にか「道」が宿ります。
そのときには、「道」と共にある在り方ができます。
今回の文章の後半では「義」や「礼」の説明もされています。
孔子学派を意識していたのは間違いないでしょう。
その意味でも、この「菅子四篇」部分の成立は孔子(論語)や老子(道徳経)らと同時かそれよりも後であると考えられます。
菅子四篇 心術上 (2) 道不遠、而難極也。
「道」とはどこにどのようにしてあるのか
春秋戦国時代にはたくさんの思想家が現れています。
その一派の文章を「管子」という書物にまとめているともいえます。
ただ、「論語」や「老子」、「孫子」、「韓非子」などに比べて読まれる機会は少ないようです。
その理由の一つは、手に取りやすい「管子」の書物が、日本ではあまり出版されていないことかと思います。
暖淡堂書房では皆さんの手に取りやすい電子書籍の形で「管子」関連書籍を販売しています。
「菅子四篇」はアマゾンのペーパーバックとしても入手可能です。
東洋思想の源流を概観するのにも効果的な書物になっています。
仏教が中国に受容され、その後禅として発展したことの背景も理解できるかもしれません。
ぜひご一読を。
またお立ち寄りください。
どうぞご贔屓に。
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