安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかに日々を送るための試みの記録

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「花さそふ 嵐の庭の 雪ならで」 入道前太政大臣 栄華の極みでの、ひとときの翳り

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百人一首第95番目の歌の作者は入道前太政大臣にゅうどうさきのだいじょうだいじん、藤原(西園寺)公経きんつねです。

鎌倉時代初期に栄華を極めた人。藤原公経の山荘を改装したものが、金閣寺として今も残っています。

 

今回は入道前太政大臣について紹介します。

 

入道前太政大臣とは

生年1171年、没年1244年。

藤原氏で藤原公経は歴史上二人知られていますが、こちらは西園寺家の祖と言われている方で、西園寺公経とも呼ばれます。

鎌倉幕府との関係が深く、源頼朝の姉を妻としていました。

第3代将軍源実朝が暗殺された時には、自身も積極的に動き、京から将軍を迎え入れさせました。

 

dantandho.hatenadiary.com

 

第4代将軍藤原頼経の祖父、第5代将軍藤原頼嗣の曽祖父にあたります。

また、姉が藤原定家の妻であり、義兄弟の関係でもありました。

権勢を極めたのは承久の乱の後。

関東申次となり、朝廷と幕府との間を取り持つ重要な位置にあり続けました。

 

百人一首に選ばれている歌は、そんな権勢の頂点にいる人物の作品とは思えないほど、寂しさの漂うもの。

栄華の極みにあっても、ふとした時に微かに差し込む翳に、心が怯えるのでしょうか。

 

時代背景

最近、太宰治の「右大臣実朝」を再読しました。

岩波文庫から新刊として出ていたので読んでみました。

最初に読んだのは、ほぼ40年くらい前。

新潮文庫の「惜別」に収録されたものを読みました。

まだ学生の頃で、読書人としては成長途上。

ところどころ引用されている「吾妻鏡」の文章に手こずった記憶があります。

さすがに今は、じっくりと味わいながら読めました。

そして、これをどうして忘れていたのか、悔しく感じるくらいに面白い作品でした。

 

百人一首93番目の歌と、この「右大臣実朝」、合わせて読むと、味わい一入ひとしおです。

百人一首、後半の世界観にご関心のある方にお勧めします。

 

 

百人一首の歌

歌:花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは 我が身なりけり

歌の意味:桜の花びらを誘い散らせる嵐の吹く庭には、雪が降るようであるけれども、ほんとうに古び、老いてゆくものは私のこの身なのだ

 

 

「花さそふ 嵐の庭の 雪ならで」 入道前太政大臣

栄華の極みでの、ひとときの翳り

 

またお立ち寄りください。

どうぞご贔屓に。

 

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