百人一首第80番目の歌の作者は待賢門院堀河です。
今回は待賢門院堀河について紹介します。
待賢門院堀河とは
生年、没年、いずれも不詳。
その他も詳しくは伝わっていません。
白河院の皇女二条大宮令子内親王や鳥羽天皇の中宮待賢門院藤原璋子に出仕します。
この待賢門院藤原璋子に仕えたときに堀河と呼ばれるようになります。
百人一首に選ばれた歌で、中心的な題材となっている黒髪。
この黒髪には女性の情念が象徴されています。
黒髪の寝乱れた様子からは、愛人と過ごした夜を思い出す心が想われます。
また、愛人と別れた朝の、心の乱れも想像できます。
その黒髪を歌の中央に置き、後朝の朝の物思いを映像的に歌い上げています。
時代背景
待賢門院璋子(しょうし、または、たまこ)の父は正二位行権大納言、藤原公実。
璋子は幼少時から白河院の元で養われていました。
この鳥羽天皇、崇徳天皇、後白河天皇らは、みな、引き続く保元の乱、平治の乱、源平の衝突の中心人物となります。
その妻であり、母でありました。
騒乱の中心からは離れていたでしょうが、ずいぶんと心乱れる日々を暮したのではないかと想像されます。
百人一首の歌
歌:長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れてけさは 物をこそ思へ
歌の意味:どれほどあの人の心が長続きするのでしょうか、この黒髪が乱れているように、この朝は心が乱れたまま、あの人のことを思っているのです。
「長からむ 心も知らず 黒髪の」 待賢門院堀河
黒髪の乱れが象徴するもの
またお立ち寄りください。
どうぞご贔屓に。
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