百人一首第67番目の歌の作者は周防内侍です。
女房三十六歌仙の一人です。
今回は周防内侍について紹介します。
周防内侍とは
生年1037年頃、没年1110年頃。
平安時代後期の人で、本名は平仲子。
桓武平氏につらなる人でした。
後冷泉天皇、後三条天皇、白河天皇、堀河天皇の四代に仕えました。
百人一首に選ばれた歌は、後冷泉天皇の中宮、章子内親王の御所での集まりで詠われたもの。
集まった人たちが楽しく過ごしている間、周防内侍がふと「疲れたので、横になるための枕が欲しい」とつぶやきます。
それを聞いた藤原忠家が、御簾の下から自分の腕を差し出します。
そして「これを枕に」と言いました。
そこで詠われたのが百人一首に選ばれたこの歌とのことです。
章子内親王の御所に集まった人たちは、このやりとりを面白く見ていたに違いありません。
時代背景
臣籍降下とは、皇族が姓を与えられて臣下となること。
そもそもの天皇には姓はないですね。
で、歴史に登場する桓武平氏、清和源氏などは、「平」、「源」の姓を与えられて臣下となった人たち。
もともとは皇族で、天皇の皇子だったりします。
桓武平氏は、桓武天皇の皇子葛原親王の長男高棟王から始まります。
桓武天皇の孫ですね。
清和源氏は、清和天皇の皇子貞純親王の子経基が源姓を与えられ源経基を名乗ったのが始まりとされています。
平氏も源氏も武家として発展し力を持ちますが、元々は皇族でした。
皇族の中から、武家が育ってきたというのはとても面白いですね。
貴族の中にも武闘派はいたということでしょう。
百人一首の歌
歌:春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ
歌の意味:はかない春の夢のように差し出された手枕のために、つまらない浮き名が立ってしまうのが残念です
「春の夜の 夢ばかりなる 手枕に」 周防内侍
ひとときの戯れを詠う
またお立ち寄りください。
どうぞご贔屓に。
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