安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかな暮らしのために

権勢の頂点から急にいなくなってしまった平家の存在意義

こんにちは、暖淡堂です。

 

Takachiko!Takachiko!暖淡堂の方で、現代詩やエッセイを続けて公開しています。

 

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平家物語は、僕の好きな本です。岩波文庫版の「平家物語」、何度も読んでいます。平安時代末期から鎌倉時代にかけて、最終的に源氏の開いた鎌倉幕府に権力の中心が動くことから、源氏が勝った、源氏の世の中になったという理解がされがちかと思います。ただ、保元物語平治物語平家物語などと読み進めていると、なんだかちょっと違う理解の仕方もありかな、という気になってきます。

 

平安時代は多くの人が知っているように、藤原氏藤原北家)に権勢が集中していました。天皇家やその他の皇族が、藤原氏側から見ると、自分達の権勢を強めるための仕組みの一つのように扱われてしまっています。それに対する天皇側からの逆転攻勢の一つの形が平清盛の登場ではないかと思っています。平姓の一族は天皇家から別れたもの。また、平清盛自身も、白河上皇の子供ではないかと考えられたりもしています。

 

平清盛が生きていた頃に、平氏の権勢は頂点を極めます。その勢いは、藤原氏と同じように天皇を凌ぐほどのものでもありました。そしてここで大きな国の体制の変革が進みます。それは、各地の荘園を武力で収めていた武家のうち、平氏に連なっている者たちがその存在を公式に認められ、その土地を領地とすることができるようになったということ。そのことにより、国のほとんとの部分が平家のものという理解がされました。

 

この考え方の変換が起こらなければ、その後の鎌倉幕府の基盤が成立しません。源氏の成功に見える部分は、平氏が手がけていたことの仕上げに相当するのといえます。また、源氏自体も、その権勢の中心からやがて遠ざけられますね。最終的には、平氏でも源氏でもなく、土地を基盤にした武家による支配体制が残った。その武家が、さらに変革の中心であり続け、やがて室町時代、戦国時代となり、江戸時代で最終形を見せた、ということでしょうか。

 

山口県に住んでいた頃、関門海峡を何度も渡りました。

そんな時に撮影した写真が残っています。

 

それを見ながら詩を書きました。

 

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権勢の頂点から急にいなくなってしまった平家の存在意義

 

今年の大河ドラマ、面白いですね。

毎週見ています。

この後、後鳥羽上皇との衝突辺りまでが見どころかもしれません。

 

またお立ち寄りください。

どうぞご贔屓に。

 

 

 

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