家族と過ごす時間が、とても心地よい。
暖かな家庭になっていて、妻と娘にはとても感謝している。
一緒にいて、心が落ち着く。本当に良い家庭になっていると思う。
この家族を、家族との一日一日を大切にしようと思う。
夫婦間の不和が原因での事件や、子供に対する虐待などの報道に接するたび、なぜ、そんなことになってしまうのだろう、と、その家庭の普段の様子を想像して、たまらなく寂しくなったりする。
駅などで、子供の泣き声を聞くことがある。声のする方に目をやると、叱られながら泣きわめく子供が、あやまりながら、母親の後を追いかけている。
子供は、どんなにきつく叱られても、その母親の後を追わなければならない。
母親にすがらなければならない子供の弱さを見たりすると、切なくなる。また、その時の母親の辛さも、わかる気がする。
子供にとっては、親しか頼る相手がいないのだ。子供は心も身体も全てが弱いのだ。親に頼って生きるしかないのだ。
その弱い子供を、しかし、拒絶し、逆に虐待する親がいたりする。
とても悲しいことだ。
電車通勤していると、時々電車が遅れる。人身事故のためだ。
駅で電車が遅れているというアナウンスを聞くと、いろいろと考え込んでしまう。
どんな思いで、飛び込み自殺をした人は、昨夜を過ごしたのだろう。自殺を思いとどまることはできなかったのか。
そして、家族とはどのように過ごしたのだろうか。
電車が遅れること自体は、問題ではない。通勤時間が長くなったところで、大きな迷惑を感じるほど、日々急いで生きてはいない。
無事目的地に着ければいいのだ。
ただ、自殺をしてしまった人の、家族のことを思うと、どうしても寂しく、また辛くなる。
やさしく穏やかな日々を過ごしていた家庭だったかもしれない。
あるいは、冷え切った家庭だったのかもしれない。
深刻な問題を、本人は抱えていたのだろう。それなりの事情で自殺をしたのだ。
だけど今、きっと、飛び込み自殺をした人の奥さんはいつも通りの家事をしていて、子供は友達と笑いながら通学している。
普段通りに帰宅するはずの人を、待っている。
そんな人たちに、やがて悲報が届けられる。
そんな想像をして、ふと自分の家族のことを思う。
自殺など、してはいけない。
*☺☺☺☺☺*
家族を思う
長い間、電車通勤をしていると、自分が乗っている電車に人が飛び込んで、電車が止まるという経験もしてしまいます。
色々な事情はあるのでしょうが。
またお立ち寄りください。
どうぞご贔屓に。
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