安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかに日々を送るための試みの記録

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2010年5月下旬 バンコク市内で、デモで集まっていた人たちの一斉排除【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年5月下旬。

体調を崩していた娘も、無事シラチャの日本人学校に通い始めた。

ちょうどその頃、バンコクにデモで集まっていた人たちの強制排除が行われた。

市内を装甲車が走り、武力行使した上での排除だった。

 

寺院内に逃げ込んだ人たちに対して銃撃が行われ、死者も出たようだった。

そんな様子を現地のテレビ放送で観ていた。

日本の親戚や知人からは、時々心配して様子を聞くための連絡があったりした。

実家の家族へは、我々の方から電話をしたりしていた。

この一斉排除の際、セントラルワールドへの放火があった。

隣接する伊勢丹の中に紀伊國屋があって、家族で週末に出かける先であったが、そこにはしばらくは行けなくなってしまった。

 

ja.wikipedia.org

 

その週末、シラチャ日本人学校で参観日があった。

妻と二人で出かけ、帰りは娘を連れて帰った。

ごく普通の授業が行われていて、とても安心した。

まだ、リーマンショックの影響が残っていて、タイに駐在する日本人が少なくなっていた頃だ。

生徒数は少なく、教室をゆったりと使っていた。

 

この頃、自分の仕事のスタイルについて悩んでいたようだ。

自分自身で研究をすることがなくなり、組織のマネジメントのみを会社から求められていた。

それが、自分の生き方と合わないような気がしていた。

この悩みはタイ駐在中、ずっと続く。

 

日本から船便で届いた荷物の整理をしていた頃でもあった。

積み上げていた段ボール箱がなくなると、部屋の中が広くなったように感じられた。

 

妻は衣類の整理に苦労していた。

冬に一時帰国することはあると思われたので、冬物を持ってきていた。

帰省先は北海道になるので、どうしても厚物が多い。

しかし、タイで着ることはない。

一時帰国で帰省する時以外はしまいっぱなしである。

そのためのスペース確保が、タイ滞在中の継続した課題となっていた。

 

タイのビールの飲み比べなどをし始めたのはこの時期以降。

安かったがチャーンのクラシックが、今でも一番美味しいと思っている。

 

 

 

2010年5月下旬

バンコク市内で、デモで集まっていた人たちの一斉排除

【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録

 

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