安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかに日々を送るための試みの記録

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【現代詩】「白 日」 詩を書き始めた頃の足掻きの記録として 現代詩の試み

白 日

  

暑い日、どうでもいい書き物をしていると、あごの先から汗がまだ何も書いていない白紙の上にぽた、と落ちる、それを特に何を考えるでもなく指でなぞると、ゆらゆらと揺れるひとがたになる、それは、ぼうっとした白い光の満ちた空間に浮かぶひとがたになる、その足元には薄い影がみえて、ああ、そこには地面があるのだな、とわかる、そのひとがたは白い骨のようなかさかさに乾いた長い柄のシャベルを持っている、ひとがたのそいつはシャベルを両手で絞るように一度、固く握った。

 

そいつは白紙の表面に薄い影を落として立っている、そいつはゆっくりとした動作でシャベルを持ち直すと硬い刃先がきらりと光る、そいつはその刃をきらめかせるようにぶん、と振り回してみせる、そしてそいつの薄い影だけが浮かぶぼんやりとした地面にざく、と音をたてて刃を突き立てる、とそこに薄いしみのようなくぼみができた。

 

そいつはざくざくと穴を掘る、穴の縁は砂のようにさらさらとそいつの掘ったばかりのくぼみに流れ込む、そいつはそれでも掘り続けやがて地面には真っ暗な口をぽっかりと開いた穴ができる、穴が一度でき上がってしまうと縁はすっかり固まってしまい、穴と地面をつなぐ境界線となる、しかしそれは明確な位置を持てず地面から穴に向かえばその動きとともに穴に落ち込み、穴から地面に向かえば、それとともに白い平面に無限に拡散してしまう、では穴と地面はどこでわかれるのかそんなことは境界線には何の責任もないことだ、ただ穴が掘られたことではっきりとしたのは、地面が無限に広がる平面でありその涯は知れないことだ。

 

一仕事終えたそいつは頭の口にあたる部分をもぐもぐと動かしていた、そいつには目も鼻も口もなく、のっぺらぼうだ、とそいつはぺっ、と穴に向けて何かを吐き出す、それは粘る滴のようにずるりと頭から離れて、穴の真っ暗な空間に落ちる、滴を吐き出したそいつのあたまの真ん中に、ぽかりと穴が開いている、それがゆっくりと動いて、ちょうど口の位置でとまる、そいつが口を手に入れてはじめにしたことは、喉を通すためにさらに吐くことだ、なんびきものふといみみずのような白い肉を。

 

穴の底に向けて落ちていった滴が、いつのまにか浮かんできていて穴の真ん中、地面と同じ高さでくるくると回っている、その滴が地面の/穴の縁から細かな砂粒を吸い寄せてゆっくりと大きくなる、その回転球の中心に小さな黒い穴が開く、それは質量をもった柔軟な物体が回転するときにみられる現象だ、とそれは眼球となる、それがくるくると回りながら視界のおよぶかぎりをじろり、とみまわす、そこに映った茫漠たる風景を睨めつける、その風景は穴の縁に立つ、骨のシャベルを持ったそいつの頭の中にそのまま再現される、ああ、そいつは目も、手に入れたのだ。

 

真っ暗な穴の真ん中に浮かぶそいつの目は、穴のまわりの薄ぼんやりとした空間を睨む、とそこいらに微かな影が浮かび上がる、それは石ころであり、草むらであり、枯れかかった木であり、そしてそれにぶら下がりからからと乾いた音をたてる骸骨であり、その足元に落ちた腐った衣服であり、それに群がる硬い殻の虫であり、それを狙う骨のように白い鳥であり、鳥が羽根を休める生首であり、そんな生首がいくつも転がる砂礫の荒野であった。

 

乾いた骨のような細長い柄のシャベルを担いだそいつは、ぽっかりと開いた口をくちゃくちゃいわせながらゆらゆらと歩き、一つの生首の横に立つ、そのぼさぼさの髪をつかむようにその上にとまっていた骨のような鳥はぎゃ、と鳴いて飛び立つ、それをみたそいつは首を傾げながら生首をみおろす、とぎろり、と生首は目を開けてそいつを睨みかえす、そいつは満足そうに何度か頷くと細長いシャベルを振り上げ、平たい刃でその生首をぶんなぐった、とそれはばん、と大きな音をたてて真っ白な微粉になって散った、とずっと向こう、真っ白い荒野の涯でふう、と大きな花火が開いた、花火は消えたが、その空間にはぼんやりとした歪みが残った、その花火は独自の平面をもとの空間とだぶらせるように広げたのでそこにはうっすらとした影ができた、もとの平面に交わらない、新たにできた平面の後ろにはみえない陰の部分ができた、新たな平面はじわじわとひろがりやがてかさぶたのようにめりめりとはがれてきた、が途中でとまった、そして真っ白い空をゆっくりと雲のように滑りはじめた、つねに空の一部分を隠しながら、それを真っ暗な穴に浮かんでいた目玉はじっとみていた。

 

細長い骨の柄のついたシャベルはそれから何度も刃をきらきらときらめかせては、砂礫の上の生首を粉にする、その頭上ではぎゃ、ぎゃ、と不平の声を上げる骨のような鳥が何羽も舞っている、ぐるぐるとそれはまるで砂嵐のような渦を巻いて、その下でそいつは孤独な作業を繰り返す、真っ白い粉が舞い上がるたびに遠くの空で白い花火が上がり、雲のようなかさぶたがはがれ、ゆっくりと縦横に流れた、それぞれが空の一部を勝手に隠しながら、しかしお互いにけっして交じりあうことなく、しかしそれはどうでもいいことだ。汗で滑る鉛筆を握り直すと電卓を引き寄せ、どうでもいい数値を打ち込み、吐かれた数値をしみの残る白紙の上に書き込んだ。

 

*****

 

現代詩手帖の投稿欄に掲載された詩。

選者の二人の先生の評価は完全に逆方向に振れていた。

 

それが、むしろとても自然なことのように思えた。

そして、評価してくれた人がいたことが、その後も詩を書き続ける力になった。

 

岩成達也さんには、今でも感謝している。 

  

 

 

 

【現代詩】「白 日」

詩を書き始めた頃の足掻きの記録として

現代詩の試み

 

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どうぞご贔屓に。

 

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