安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかに日々を送るための試みの記録

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実家で飼っていた猫で思い出すこと

 

実家で飼っていた猫のこと

 

実家で飼っていた猫

 

実家では、家で猫を飼っていました。

灰色と黒と茶色の斑の猫が、僕が思い出せる範囲で一番古くからいた猫で、名前を「ヒトミ」といいました。人によく懐いたおとなしい猫でした。

もう1匹いました。茶色の猫で、名前は「アカ」。これはあまり人に懐かず、子供が触ろうとすると爪を立てたり、唸り声で威嚇したり。あまりにも懐かないので、祖父は時々手で叩いたりしていました。

その後、子猫が生まれました。よもぎ猫(キジトラ)で、名前が「チコ」。ヒトミの子供です。3匹の猫の中では一番愛らしく、家族の人気者でした。

この3匹の後も、実家の両親が引っ越すまではずっと猫がいました。

今回は、実家にいた猫について、思い出すことを書いてみたいと思います。

猫を捨てたけど帰ってきたこと

懐かなかったアカを、父が自動車で連れて行き、遠くの山の中に捨ててきました。そのアカは、翌日には家に戻ってきていました。

何度か父はアカを連れて遠出しては一人で帰ってきたのですが。結構遠くまで行っても、帰ってきていましたね。

父も家族も数度目には諦めました。結局、アカは寿命まで家にいました。

人には懐かなかったけど、家は好きだったようです。

机の引き出しの奥で子供を産んだこと

ヒトミは家の中の色々なところで子を産みました。ある時は僕の部屋の机の引き出しの裏側に入り込んで、そこで産みました。

時々は引き出しを抜いて、中の子猫を見たりしていました。そのうち、父親が子猫をみんなどこかへ連れて行ってしまいましたが。

その当時は雌猫の避妊手術などしていなかったので、よく子猫が生まれていました。

実家の近くには灌漑溝があったのですが、その近くに子猫を置いてきていたとのこと。

父の役目になっていましたが、辛かったのではないでしょうか。晩酌をしながら、時々、寂しそうに、子猫を捨てる話をしていました。

自動車に轢かれて死んだこと

実家のすぐ目の前の道路が、ある時から広く拡張されて、自動車がスピードを上げて走るようになりました。

それからは、我が家の猫は、自動車に轢かれるということが多くなって。怪我をするくらいで済むこともありましたが、ほとんどは死んでしまいました。

家の近くの畑で作業をしていた祖母が、よく轢かれた猫を家の裏に埋めていたようです。

当時は、猫は轢き逃げされるのがほぼ当然のことだったかと。それでも、一度、謝りに来てくれた人がいました。

猫好きの人だったのかもしれません。

妹が子猫を拾ってきたこと

妹が小学校の高学年になっていた頃、捨てられていた子猫を見つけて、何度か餌を持って行っていました。

その子猫を、中学生の男子生徒が数人、おもちゃのようにしていじっていたのを気にしていたようです。そして、ある時、妹は子猫を実家に連れてきました。

僕はその子猫をもとの場所に帰してこい、と言って、妹を泣かせてしまいました。妹は、その後、家にいた祖母に相談していました。

結局は、その子猫は家で飼われることになりました。その頃、家には雄猫が1匹いましたが、その雄猫も仲良くしてくれたようで。

妹に懐いた猫でした。夜はいつも妹の部屋で寝ていました。その猫は、老衰で亡くなるまで家にいましたね。

最後は、祖母に手伝ってもらって、妹が土に埋めていました。

 

*☺☺☺☺☺*

まとめ 

両親がもとの実家を処分して引っ越すまでは、いつも猫がいました。母親は猫が好きで、できるならば今も飼いたいようなのですが、病気の父親の介護があるので諦めているようです。

 

 

実家で飼っていた猫で思い出すこと

 

夏になると、色々と昔のことを思い出します。

またお立ち寄りください。

どうぞご贔屓に。

 

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dantandho

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