安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかに日々を送るための試みの記録

*本ブログにはスポンサーによる広告が表示されています

「やすらはで 寝なましものを さ夜更けて」 赤染衛門 文章博士の夫を支えた才女

百人一首第59番目の歌の作者は赤染衛門あかぞめえもん

後の人たちに、和泉式部と並ぶ才女と評価された人です。

 

今回は赤染衛門について紹介します。

 

赤染衛門とは

生年が956年頃、没年は1041年頃。

父は大隅守・赤染時用。

一説では母親の前夫平兼盛の子どもであるとも言われています。

夫は文章博士大江匡衡

この人も一条天皇中宮彰子に仕えていました。

中宮彰子の周りには才女が集まっていたようです。

その人たちが、平安時代の女流文学の中心になったのですね。

 

この百人一首に選ばれている歌は、姉妹に代わって書かれたもののようです。

相手の男性は藤原道隆

藤原北家の一人で、一条天皇の叔父になります。

一条天皇即位により、高位に上りました。

 

一条天皇中宮彰子の周りには、政治と文化が育つ状況が生まれていたのでしょう。

 

時代背景

一条天皇の時代背景は、以下の作品で読むことができます。

藤原北家の権勢がまさに頂点に向かおうとしていた頃ですね。

 

 

百人一首の歌

歌:やすらはで 寝なましものを さ夜更けて 傾くまでの 月を見しかな

歌の意味:いつまでも来ない人を待たずに、さっさと寝てしまえばよかったのに、夜が更けて月が傾くまで見ていてしまった。

 

「やすらはで 寝なましものを さ夜更けて」 赤染衛門

文章博士の夫を支えた才女

 

またお立ち寄りください。

どうぞご贔屓に。

 

 

f:id:dantandho:20210924172547j:plain

dantandho
にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ
  にほんブログ村ランキングに参加しています

 

PVアクセスランキング にほんブログ村
PVアクセスランキング にほんブログ村