安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかに日々を送るための試みの記録

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【旭川のこと】ずっと昔とちょっと昔 路面電車、アパート暮らし、蜂屋のラーメン

ライオンの安心

 

子供の頃から、何度も旭川に行っています。両親と行ったり、親戚のおじさんおばさんに連れて行ってもらったり。祖父母と行ったこともあります。我が家は旭川に親戚が多く、旭川という街には馴染みがありました。親戚の家に行くついで、ということもあったと思います。

大学の学部の4年間(1983年から1987年)は旭川で過ごしました。卒業後は札幌の大学の大学院に通っていましたが、旭川にはバンド活動で何度か行っています。

その後、就職して北海道を離れている間に、旭川は大分変わっていましたね。旭山動物園はテレビや新聞などで話題になるくらいに画期的な動物園になっていたようです。

上の写真は、動物園改装後に家族で訪れた時に撮影したものです。夏休みの帰省中ですね。ライオンの雄と雌がのんびりと昼寝をしていました。

今回は、旭川にまつわる、ずっと昔とちょっと昔の思い出を書いてみようと思います。

 

路面電車のこと

<旭川電気軌道旭山公園線>

僕が子供の頃(昭和40年代)には、旭川の街中を路面電車が走っていました。祖父母と旭川の親戚の家に行くついで、旭山動物園にこの路面電車で行った記憶があります。子供の目から見た旭川は大都会。そこを電車で移動しながら、窓の外の風景にとてもワクワクしていたことを覚えています。

現在は電車は廃止になっていますが、旭川電気軌道という会社は残っていて、バスを運行していますね。市内を移動する便利な足として市民に利用されています。

旭川四条駅という駅があります。乗り換え駅として利用する人が多かったのですが、学生時代はその理由がわかりませんでした。この駅は、そもそもは旭川電気軌道東川線のターミナル駅だったようです。

親戚の家に行った時のこと

祖父母の親戚はほとんどが旭川周辺に住んでいました。北海道に入植した時に、その辺りの土地で農業を始めたからです。どこも広い土地を持っていました。

親戚の家に行く時に、祖父母は僕を連れて行ってくれました。あまりグズったりせず、大人しくついて行くからだったかもしれません。おばあちゃん子だったので、祖母と出かけるのは嬉しかったのだと思います。

親戚の家には、祖母と同年代のおばあちゃんが何人かいました。祖母の姉妹なので、とてもよく似ている人もいました。一度、祖母とその人を間違えたことがあったのですが、それを親戚の家に行くたびに思い出されて、からかわれたりしました。

祖母の母親も生きていて、みんなから「オババ」と呼ばれていました。僕の祖母よりも長生きして、100歳の少し手前で亡くなりました。

祖母の姉妹はみんな旭川の近くに住んでいました。僕の祖母だけがそこから離れて、あちこちに移り住んだようです。そして、祖母の姉妹の中で一番先に亡くなりました。

苦労の多い、一生だったのかもしれません。

学生時代に暮らしたアパートのこと

18歳の春から22歳の春まで4年間、旭川で暮らしました。川端町にあった古いアパートの一室を借りていました。その当時ですでに古かったので、今はもうないかと思われます。

周囲に家が建て込んでいる環境で暮らすのが初めてで、近所の人には迷惑をかけていたようです。壁が薄いのに、部屋の中に大型のオーディオセットを置いて、それで音楽を聴いたり、ギターを弾いて歌ったりしていました。

アパートのすぐ隣にはおばあちゃんが一人で暮らしていたようです。時々姿を見かけました。それ以外はどのような人がいたのかまったく知りませんでした。

ある夜、寝ていると、いきなりアパートの壁をドンドンと叩きながら「うるせえ、うるせえ」と絶叫されたことがあります。その時点では静かにしていたのですが、それまでの騒音で迷惑をかけていたのだと思います。

その壁をドンドンと叩いた人かどうかはわかりませんが、ある時、覚醒剤を使っていて警察に捕まった人がすぐ近所にいたようです。そんなこんなもあって、人がたくさん住んでいるところでは静かにしようと心に誓いました。

蜂谷のラーメンのこと

ラーメンが好きなのですが、最近は家で作って食べることが多くなりました。学生の頃はよく外に食べに行っていました。旭川、美味しいラーメン店がたくさんあります。中でも一番好きだったのが「蜂屋」。当時の旭川駅地下にあった店で最初に食べました。

店の入り口で食券を買うようになっていました。メニューはラーメンかチャーシューメンか、その他のお蕎麦のメニューか、さらには、普通盛りか大盛りかの選択をします。ラーメンにした場合、テーブルに着いてから油の量のリクエストをします。初めて行った時はこの流れがわからなかったのですが、二度目以降は理解したので、自信を持って「普通」とリクエストしました。

蜂屋はお蕎麦のメニューも美味しかったのですが、友人たちの間で評価が分かれたのがざる蕎麦の大盛り。お蕎麦がざるの上で小山のようになっています。富士そばの富士盛みたいな感じでした。その量は、体調が悪いと食べ切れません。ざる蕎麦大盛りを食べる時は心身ともに健全でないと失敗します。友人は大盛りを「鬼盛り」と呼んでいました。ラーメン屋で蕎麦を注文するものに対する懲らしめだとも。

 

ja.wikipedia.org

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まとめ

旭川のことについては、もっともっとたくさん思い出があります。少しずつ書いてみたいと思っています。

またどうぞお立ち寄りください。

 

旭川のこと】ずっと昔とちょっと昔 路面電車

アパート暮らし、蜂屋のラーメン

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dantandho


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