百人一首第85番目の歌の作者は俊恵法師です。
今回は俊恵法師について紹介します。
俊恵法師とは
生年は1113年、没年は1191年。
出家後、白河にあった自房を歌林苑と名付け、そこで盛んに歌会や歌合を行いました。
また俊恵法師は鴨長明の師としても知られています。
俊恵法師が自らの歌林苑で歌合を行っていた頃は、次第に平家の権勢が頂点を極めていった時期。
時代の大きな変わり目を生きながら、歌道を極めていったということでしょう。
百人一首に選ばれている歌は、女性の視点で書かれたものですね。
歌道に打ち込んだ達人による一首。
時代背景
鴨長明の名前が出てきました。
「方丈記」の作者ですね。
この「方丈記」で書かれている時代が、ちょうど平家の権勢の高まりから源平の騒乱、鎌倉幕府における北条氏の台頭の頃。
この時代を生きながら書かれた文章だと思うと、また読み方も変わってくるかと。
今、手元にある「方丈記」をチラチラと眺めてみると「福原遷都」という章がありました。
これは平清盛が強引に推し進めたものですね。
すっかり忘れていました。
そのうち、全体を読み直してみようと思います。
百人一首の歌
歌:夜もすがら 物思ふ頃は 明けやらで 閏のひまさへ つれなかりけり
歌の意味:夜、あの人が来るのではないかと思っている間は、夜もなかなか明けてくれない。寝室の扉の隙間さえもつれない表情にみえるものよ。
「夜もすがら 物思ふ頃は 明けやらで」 俊恵法師
鴨長明の師でもあった
またお立ち寄りください。
どうぞご贔屓に。
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