夜中のうちに祖父の遺体は家に運ばれていました。
座敷に敷かれた布団の中に横たえられていましたが、なんだか知っている祖父よりもずっと小さく見えました。
なにかが抜け出て、しぼんでしまっているようでした。
朝からよい天気だったことを覚えています。
祖母は祖父の枕元に静かに座っていました。
祖母もまた、いつもよりもずいぶんと小さくなっているように見えました。
【沙河】昭和五一年~昭和五二年 (十三)②
目を覚ますと、聞き慣れた声が聞こえた。向かいの家のおじさんが電話で何か話しているようだった。母が起こしに来て、祖父の葬式の段取りを簡単に説明してくれた。
着替えて、階下に下りると、近所のおじさんやおばさんが何人か来ていた。
仏間に布団が敷かれていて、湯潅を済まされた祖父が寝かされていた。布団が上下逆さまにされ、北枕になるように敷かれていた。頭の先に仏壇があった。顔の上には白い布がかけられていた。
布団の上には剃刀が置かれていた。
猫が近づかないようにするためだという。
猫は、人が死ぬと化けて憑りつくそうだ。
我が家の猫は人に慣れていた。その日も、人が集まっているところに出てきて、毛繕いをし始めた。それを大人の誰かが家の外に出した。
猫は何度か部屋の中に入りこんだが、その度に追い出された。それを猫は遊んでもらえていると思うのだろう、抱き上げられると嬉しそうに喉を鳴らした。
祖母が枕元に座っていた。背を丸めていたので、いつもより大分小さく見えた。
仏壇には花や灯篭が飾られていて、線香の煙が揺れていた。
「線香を切らさないように見ていなさい」
電話で親戚に葬儀の連絡をしていたおじさんが、一休みしている間にいってくれた。電話での連絡はまだ終わらないらしかった。
居場所が見つからなかった私と妹は、仏壇の側の、祖母の近くに座った。そして線香が燃え尽きそうになると、新しい線香に火をつけて立てた。
空は曇っていた。天気がどんどん悪くなってきているようだった。
仏間の中は普段よりもずっと薄暗かった。
「沙河」(暖淡堂書房)から
*☺☺☺☺☺*
布団の上にカミソリを置く習慣は、他の家ではあまり見たことがありません。
猫を飼っている家だけのものかもしれません。
祖父の葬儀、とても寂しそうだった祖母の様子
【沙河27】
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