高校では、クラスメートとうちとけるということがほとんどなかった。ごく少数の友人と、高校三年間を通じて付き合っただけだった。
部活動もまじめにはやらなかった。演劇部のお手伝いのようなことはやった。学校祭での発表や高文連への参加の準備は楽しかった。が、それが終わると、ただなにもしない生活に戻った。
高校入学当時は、やはり成績はよくなかった。勉強の仕方に馴染めなかったのだと思う。それでも少しずつ慣れるにしたがって、試験の点数はよくなっていった。
家では、毎日ギターを弾いて唄っていた。唄うことを仕事にしたいなとも思ったりしていた。そのための努力はまったくしていなかったが。あるいは、どうやったら唄うことが仕事になるのか、まったく知らなかったといっていいかもしれない。
自分のまわりにいる人たちは、ほとんどが、自分の生活の延長上で仕事をしていた。どうしたらその仕事ができるようになるのか、わかりやすかった。唄う仕事をするようになる方法は、当時はまったくわからなかった。デモテープを作ってコンテストに送ってみたことが一度だけある。が、そのコンテストというものが身近になることはなかった。
ただ、毎日、好きな歌を唄い、時折勉強したりしながら、将来のことを漠然と考えていた。
*
「過去の自分に教えてあげたい」。
そんなことが言われることがあります。
僕は、それができたとして、自分が過去の自分に何か教えてあげられるものがあるかどうか。
よくわかりません。
「なるようになる」とか、「どうなったとしても大きな問題はない」とか。
「結局はそれなりに幸せに生きている」とか。
過去の自分が、そんなことを教えてもらっても、あまり安心はできない気もします。
自分の将来に対する漠然とした不安 豊沼-砂川(三十四)
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