高校三年間を通じて、僕はずっと母親に髪を切ってもらっていた。当時はとても見た目を気にしていた。それなのに、床屋にいって、好みの髪型を説明するのがとても面倒くさかった。また、それが恥ずかしくもあった。
自分が周囲からどう見られたいのかを、他人に知られてしまうというのが恥ずかしかった。
床屋にいくと、髪型が整えられる。それも嫌だった。見た目が急に変わるのが嫌だったのかもしれない。見た目の変化を友人に指摘されることを避けたかったのだろう。
高校を卒業する春、それでも僕は一度だけ、砂川の駅前にある床屋にいって散髪してもらった。正直、とてもさっぱりとした。高校三年間で溜まったものを、髪の毛と一緒に捨てられた。
そのときになって、やっと僕は、家族と離れて一人暮らしを始める覚悟が、出来たような気がした。
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今は妻に髪を切ってもらっています。
自分の見た目に対するこだわりがかなりなくなっています。
このまま妻にお願いできるうちは、ずっと髪を切ってもらおうと思っています。
自意識と葛藤 豊沼-砂川(四十一)
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