こんにちは、暖淡堂です。
管子四篇の「心術」を少しずつ読んでいます。
今回は「道」、「徳」、「義」を述べた部分です。
前回の内容は以下になります。
虚無無形、謂之道。化育万物、謂之徳。
君臣父子、人閒之事、謂之義。
以下の様に分けて読んでいきます。
- 虚無無形、謂之道。
- 化育万物、謂之徳。
- 君臣父子、人閒之事、謂之義。
- 「道」、「徳」、「義」とは
虚無無形、謂之道。
謂は「いう」。虚無は空っぽ、無形は形がないこと。ここの読み下しは「虚無にして無形、これを道という」。心を空っぽにしておくと、そこに入りこんでくるもの。それも道でした。ここでは、そもそも道には決まった形がないのだといっています。老子の道と同じですね。
化育万物、謂之徳。
化育とは育てること。読み下しは「万物を化育する、これを徳という」。万物を、その本来の在り方で成長させること。本来の在り方とは、余計な手を加えていないこと、道とともにあること。それを実現させるのが徳です。
君臣父子、人閒之事、謂之義。
閒は間と同じです。人閒は人と人との間のこと。「人間」のそもそもの意味ですね。「人閒之事」とは、人と人との間で起こること、関係性のようなもの。あるいは大切にされるべきもの。ここの読み下しは「君臣、父子、人閒の事、これを義という」。君臣、父子、人と人との間のこと、これが義であるといいます。
「道」、「徳」、「義」とは
道とは、それ自身空っぽで形がありません。徳は、万物をあるべき在り方に成長させるもの。義とは君臣、親子、その他の人と人との関係で大切にされるもの。ここで、これらの意味のとらえ方が説明されます。
原文:虚無無形、謂之道。化育万物、謂之徳。君臣父子、人閒之事、謂之義。
書き下し文:虚無にして無形、これを道という。万物を化育する、これを徳という。君臣、父子、人閒の事、これを義という。
意味:からっぽでもともと形もないもの、これを道という。あらゆるものを育てる、これを徳という。君臣、父子、すべての人と人との関係のもとにあるもの、これを義という。
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