
こんにちは、暖淡堂です。
「十八史略」の原文データ化(整理)を進めています
今回、以下の文章の確認を行いました。
ちょっと面白いので共有したいと思います。
三國
漢 附魏・吳二僭國按曾氏云、天下非一統者、本可各自一國編集。又恐初學讀者、迷其時代之先後。今但以一國源流相接者爲提頭、而附同時之國於其閒。而曾氏仍陳壽之舊、以魏稱帝、而附漢・吳。剡旣遵朱子綱目義例、而改正少微通鑑矣。今復正此書、以漢接統云。
三國
漢(漢に魏・吳の二つの僭國を附す)曾(曾先之)氏が云うには、「天下が一統でない者は、各自一国として編集するべきである。しかし、初めて学ぶ読者が、その時代の先後を迷うことを恐れる。今、ただ一国の源流が相接しているものを提頭とし、同時に存在する国をその間に附す」と。曾氏は、陳壽の旧に倣い、魏を帝と称して、漢・吳を附している。剡(劉剡)はすでに朱子の『綱目』の義例を遵って、少微の『通鑑』を改正した。今またこの書を正して、漢が統を接ぐとしている。
曾先之の書いた「十八史略」は、三國の記述では魏を中心にしていたようです。
それを明の時代の劉剡は漢を中心に書き換えた、と。
ここで「漢」として出てくるのは、劉邦の建てた「漢」ではなく、劉備の「蜀漢」です。
劉備の頃は、自分の建てた国を「蜀」や「蜀漢」としたのではなく、「漢」を継ぐものとして意識していたようです。
ここで出てくるのが、歴史の「正統」の問題。
「正史」と呼ばれるもののこと。
中国には、元や金や清などを「中国」であったとするための工夫が必要になっているのでしょうね。
古くは周、大帝国の唐なども、周辺民族が中原にきて権力を握ったという形で理解できるかと。
それを一つの「中国」とするためには、結構力技が必要かもしれません。
ある意味、その力技が中国らしさの根源になっているかもしれません。
「十八史略原文データ」の現状は以下からご参照いただけます。

