
こんにちは、暖淡堂です。
十八史略原文全文のデータ整理を続けています。
かなりなボリュームがあるので、なかなか終わりません。
それでも、唐の時代の、全盛期を過ぎる頃まではきました。
作業を始めてから3年半くらい経っています。
このあと、宋、南宋と続き、南宋が元に滅ぼされるまで。
まだ1年はかかりそうな気がしています。
それはそれとして。
今回追記した部分で、興味のあることが2点。
一つは「百姓」の意味。
もう一つは「顔真卿」。
今日追記した原文データ
○十四載、祿山請以蕃將代漢將。上猶不疑。表請獻馬三千匹。每匹二人執鞚、二十二將部送河南。上始疑之。遣使止其獻。祿山踞床不拜。曰、馬不獻亦可。十月當詣京師。使還。亦無表。是冬祿山遂反。發所部兵及奚・契丹、凡十五萬。發范陽引而南。步騎精銳、煙塵千里。時承平久、百姓不識兵革。州縣皆望風瓦解。進陷東京。○平原太守顏眞卿、起兵討賊。上始聞河北從賊、歎曰、二十四郡、曾無一人義士邪。及眞卿奏至、大喜曰、朕不識眞卿何狀、乃能如此。○常山太守顏杲卿、起兵討賊、河北諸郡皆應之
「百姓」の意味
網野善彦さんの著書によれば、「百姓」とは農民のことである、とする理解の仕方は、日本独特のものとのこと。
もともとは「人々」という意味。
この十八史略の文章では、もともとの意味で理解されます。
網野善彦さんの「講談社日本の歴史00「日本」とは何か」には、姓を名乗らなくなった人々のことや、その経緯などが書かれています。
農民などは、もともとは姓はあったが、公的な書類などにはそれを記載しなくなったので、姓はないと理解されるようになっていったようです。
博物館などの古文書を見ると、時々農民の姓名が記載されているものがあったりします。
公式には名乗らないが、姓を持っていた人も一定数いたのだと思います。
で、今回の原文データに「百姓」の文字が出てきて、こんなことを思い出した、と。
顔真卿
顔真卿は書で知っている人も多いかと思います。
以前、家族で「顔真卿展」を見に行きました。
その顔真卿と、今朝の作業で再会。
安禄山の反乱が始まる部分:
十八史略原文全文データ整理:個人プロジェクト
本日の追記分

dantandho
