市街部から離れたところに住んでいたので、幼稚園に通うのが簡単ではありませんでした。
両親は働いていて、決まった時間に送り迎えするのは難しい状況。
祖母も毎日送り迎えすることはできません。
また、子供の頃の僕は、同年代の友人を作るのが得意ではありませんでした。
祖父母と同年代の人たちとはすぐにうまくやれたのですが。
毎日どこかに通うというのが、とても面倒くさかったのかもしれません。
自由気ままな時間を、できるだけ長く過ごしたかったのかも。
【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (九)①
私は五歳になっても、幼稚園には通っていなかった。
幼稚園まで遠く、子供の足では片道一時間はかかったと思われる。途中で大きな道路を何本か渡らなければならなかった。近所に、同じ年齢の子供がいなかったので、一人きりで通う必要があった。
それが家族にしてみれば不安だったのだろう。毎日両親の誰かが幼稚園まで送って行くことも出来なかった。両親はいずれも、普段は外に働きに出ていた。
また、私自身も当時は人見知りをする子供だったので、子供がたくさんいるところにはあまり行きたくなかった。何度かは、幼稚園に連れて行かれそうになると、泣いて愚図ったかもしれない。それやこれやの理由で、結局幼稚園には通っていなかった。
それでも、いつまでも一人きりで過ごすことなど出来ないことは、家族の誰にもわかっていた。やがて小学校に入学し通学しなければならないのだ。
小学校は幼稚園よりもずっと近くにあった。間に遮蔽する建物がなかったので、家からも小学校の校舎の一部は見ることが出来た。なので、通学自体に心配はない。
他の子供と友だちになれるか。うまく友だちと馴染むことが出来ず、孤立してしまうのではないか。それが親たちの不安の種だった。
通園することになっていた幼稚園の先生方も、気にはしていたのだろう。幼稚園の行事案内は届いていたようだ。
「沙河」(暖淡堂書房)から
*☺☺☺☺☺*
幼稚園側は、僕がいることを把握していたようです。
両親も、特に僕がいることを隠していたわけではないと思いますし。
それでも、なんとなく幼稚園には行かないまま、時間が流れていました。
幼稚園に通っていなかったこと、子供の頃の過ごし方
【沙河17】
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