学校には図書室という部屋があって、たくさんの本が並べられているということを知りました。
それ以来、図書室は学校の中での一番のお気に入りの場所になりました。
小学校は木造の校舎で、炭鉱での採掘が盛んだった頃に建てられていたもので、とても大きな建物でした。
職員室のある棟の2階に保健室と図書室がありました。
教室とは離れたところにあるので、いつもとても静かでした。
防腐剤と防水剤を兼ねたタールが床に塗られていて、そのにおいのこもる部屋でした。
午後、図書室で過ごすのが好きでした。
他の人があまり読んでいないような本を見つけるのが大きな楽しみでした。
外国の人が書いた本がたくさんあるということを知ったのも、その頃でしたね。
僕のお気に入りの本は、海外の人が書いたSF作品を小学生向けに翻訳・翻案したもの。
二十冊くらいの全集でしたが、それを全巻読みました。
繰り返し読んだ巻もあります。
外国というところがある、というのをさらに飛び越えて、宇宙とか過去とか未来という、今自分が生きているところとは別のところがあるというのを知って、とてもワクワクしていました。
今でもSFとかファンタジーの作品はよく読んでいます。
これらのジャンルが好きなのは、きっと僕の読書の始め方、図書館との出会い、の影響でしょう。
【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (十一)
勉強は得意ではなかったが、まったく出来ないわけでもなかった。そんな状態が、小学校を卒業するまで続いた。
身体の発育は遅れがちだった。身長はなかなか伸びなかった。いつまでも小柄で、身長順に並ぶといつも前の方だった。
体力もつかなかった。足が遅く、そのせいか、運動はあまり好きではなかった。例外的にスキーは好きだった。誰と競争することもなく、一人きりで楽しめたからだろう。
読書は変わらず続けていた。学校の図書室で本を借りることを覚えた。家に借りたままの本が溜まるようになった。
小学校三年生の夏休み前、終業式の日のことだ。返却を忘れていた数冊の本を夏休みに入る前に返すよう、図書室の係の先生から言われた。放課後、一度家に帰って、本を持って学校に戻ることにした。
晴れて暑い日だった。帰宅途中、通学路の途中にあった灌漑溝に架かる橋の手前で、急に歩けなくなった。身体が辛くて、足が進まなくなったのだ。私は橋の側に屈みこんだ。
そのままそこで少し休んだ。陽射しは強かったが、風が涼しかった。
しばらくして、歩けるくらいには回復したので、また歩き始めた。
家には祖母がいた。私の様子を見て、居間に簡単な寝床を作ってくれた。そして、すぐに休ませてくれた。
体温を測った。三八度程あった。夏風邪をひいてしまっていたようだった。
図書室で借りた本を今日中に返さないといけないことを祖母に相談した。
祖母はすぐに学校に電話をかけて、先生と話をしていた。それから、私の代わりに本を返しに行ってくれた。
祖母は一年生になっていた妹と一緒に帰って来た。妹は友だちと一緒に遊びながら帰っていたらしい。
その日の午後、私は窓越しに、明るい夏空を見上げながら寝ていた。
「沙河」(暖淡堂書房)から
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生まれた頃から小学生低学年辺りまでを紹介しました。
次回からは小学生の高学年の頃のことを書いた部分になります。
引き続きよろしくお願いします。
図書室で本を借りて読むことを覚えた頃
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