子供の頃は、よく水に落ちました。
いつも近くに誰かがいてくれて助かっています。
もし一人きりだったら、ダメだったかもしれないと思われることもあります。
水の中から明るい空を見上げていた記憶があります。
他の時の記憶と混じっているのかもしれませんが。
子供って、どうして水の近くで遊びたがるのでしょうね。
【沙河】昭和四〇年~昭和五〇年 (五)①
家の前の道路脇に細い用水路があった。
田植えの頃から夏にかけて、豊富な水が流れた。
水は緩やかな勾配に沿って、南から北に向かって流れていた。
私はその水に、千切り取った草や木の葉を流して遊んだ。
玄関前から道路に出る部分は、コンクリート製の土管を埋めてトンネルを作り、そこを水が流れるようにしてあった。
私はトンネルの入り口のところで木の葉を水に浮かべ、出口のところに走って行って、それが出てくるのを待った。
木の葉が出てくると嬉しかった。木の葉に、小さくなった自分の分身が乗っているところを思い浮かべた。そして、トンネルの中で経験するだろう冒険を想像した。
時々、どこかに引っかかるのだろう、木の葉が出てこないことがあった。
ある時、私はトンネルの出口から中を覗き込んでみた。身体を前に屈め、頭を水面に近づけた。
そして、私は水に落ちた。落ちる瞬間、トンネルの反対側が一瞬、とても明るく見えた。
頭を下流側に向け、身体を伸ばした状態で、全身が水に沈んだ。用水路の縁は雑草が生い茂っており、流れる水の上に覆いかぶさっていた。
おそらく私が水の中に横たわっているところは、周囲にいる人からは見えなかっただろう。
私は水の中から、空を見上げていた。青い、歪んだ夏空だった。
急いで駆け付けた祖母が私を水の中から引き揚げてくれた。姿は見えなかったが、水に落ちる音を聞いたようだ。たまたま祖母が近くにいたので助かった。
「沙河」(暖淡堂書房)から
子供の頃、よく水に落ちたこと 【沙河9】
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