安心感の研究 by 暖淡堂

暖淡堂の雑記ブログ

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「間違える」こと以上に気になること:人工知能というプログラムのこと

人工知能との付き合い方

こんにちは、暖淡堂です。
AI、暮らしの中に浸透してきましたね。
iPhoneを使い始めた頃、勝手に立ち上がるSiriがとても面倒くさいやつだと思ったりしていたのですが。
Geminiやcopilotは仕事だけでなく、普段もついつい使ってしまいます。

これらAIの問題点でよく言われているのが「間違える」ことがあるということ。
僕は仕事で使うときは、結果の検証もしているのですが、AIはよく間違えています。
一つ前のプロンプトの結果を忘れて、つながりのない結果を出すこともあったり。
で、「すみません、間違えました」という割には、何度も同じ「ずれ」た回答を繰り返すので、イライラすることもあります。
(読み込ませたファイルを取り違えるということがよくあるのです、ファイル名は分かりやすくつけているのですが)
仕事で使っているヤツなので、結構高い利用料を払っているのだと思いますが。

それはそれとして。
「間違える」こと以上に、最近問題だと思っていること。
それは、AIに「人格のようなものを感じてしまう」こと。
AIはプログラムであり、回答はデータベースのデータから何らかのアルゴリズムで導き出された演算結果(アルゴリズムと演算は表現として重複しているかも)です。
アルゴリズムは、結局は書かれたプログラムであり、一定の規則に則って、決まった計算をコンピュータにさせるということ。
そこに、「人格」のようなものはありません。
それでも、毎日使っていると、なんだか毎日同じ人格(パーソナリティー)のAIが自分の相手をしているかのように感じてしまう。
で、ついつい人間相手にするような相談をし、AIの回答を相談相手の言葉だと思ってしまう。
そして、その言葉に依存してしまい、悲劇的な行動をとってしまう。
これは、結構危ないことかな、と。
今の世の中を、不安にさせますね。

この問題の解決手段として、逆にAIに名乗らせたらどうか。
ただし、毎回違う名前を名乗らせる。
あるときは「一郎」で、あるときは「次郎」。
利用者が「太郎」を呼び出そうとしても、それはできないようにする。
そうすると、人格を感じても、それは別のもの。
AIに依存するということは、起こりにくくなるのではないか。
現れた「次郎」に、「太郎」に替わってくれと言っても、それはできない。
「太郎は、箱詰めにされて、次の順番を待っている」と「次郎」は、ホラー映画のような回答をする。

それも、怖いが。

 

*☺☺☺☺☺*

 

そうではありますが、AIは便利なツールです。
間違っても、それに気づける範囲で使っているので。
今のところは、ですが。

今回のブログで使用している画像はGeminiに「次郎と名付けられたAI」というプロンプトで作成してもらったものです。
いい感じで、「怖さ」も表現されている気がします。

 

「間違える」こと以上に気になること:人工知能というプログラムのこと

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