
最近、祖父のことをよく思い出す。
祖父は還暦の頃には、当時「脳軟化症」という病気で入退院を繰り返していた。
今でいうところの「脳梗塞」であろう。
入院時は祖母がつききりであった。
退院した時も、祖母が中心になって世話をしていた。
祖父は退院して自宅で過ごしている間は、晩酌をしていた。
その晩酌をしている姿を、僕はこのところ、時々ぼんやりと思い出したりしている。
祖父は焼酎を飲んでいた
夕方、ほぼ決まった時間に、テレビの前の自分の位置に座る。
そして、テレビを観ながら、晩酌を始める。
飲むのは焼酎。
水やお湯で割ることはなく、そのまま飲んでいた。
水色と橙色のラベルの貼られた、透明な瓶に詰められた焼酎だった。
銘柄は覚えていない。
安い酒だったに違いない。
それを、コップに注ぎ、ゆっくりと飲んでいた。
祖母が用意した肴をつまみながら。
テレビでは大相撲、あるいは時代劇の再放送
大相撲の中継があると、そちらを最後の取り組みまで観ていた。
そして、お気に入りの力士が出ると、声を出して応援していた。
僕と妹は、祖父の近くに座ってテレビを観ていた。
そのせいで、力士の名前をいくつか覚えていた。
僕は、初代の貴乃花を応援した。
祖父も、祖母も、貴乃花が好きだった。
そして、まだ若かった北の海が嫌いだった。
北の海が、強すぎたからだろう。
時代劇では、初期の水戸黄門を再放送していた。
印籠などを出さず、黄門様の顔を見て気づいた大名などが、急にひれ伏したりしていた、そういう時期のものだ。
それを、祖父母と一緒に観ていた。
祖父が機嫌が好い時は、仮面ライダーや、トムとジェリーのチャンネルを譲ってくれた。
ただ、大相撲の放送期間中は、それがなかった。
僕が仮面ライダーを観たくて、グズったことがあった。
祖父がうるさい、と怒った。
その祖父を、祖母が怒った。
結果、半べそをかきながら、僕と妹はトムとジェリーを観ることができた。
最後は入院中に亡くなった
退院中に酒を飲み続けていてよかったのかどうか。
祖父は病院で亡くなった。
祖母が付き添いをしていた。
小学5年の夏だった。
その頃の北海道の夏は、お盆が過ぎると涼しくなった。
その年、大型の台風が北海道に上陸し、大雨を降らせた。
通夜の夜は、ずっと風と雨が寺の庫裡の屋根や壁を打つ音を聞いていた。
蒸し暑い夜だった。
蚊にたくさん刺されていた。
祖父が亡くなった時の記憶は、台風、蒸し暑い夜、蚊にたくさん刺されたことと一組になっている。
享年67歳。
僕はもうすぐ61歳になる。
最近は、自分もすっかり焼酎飲みになった。
*☺☺☺☺☺*
祖父の晩酌作法 明治生まれの祖父の晩年

dantandho
