昭和四〇年頃には北海道に限らず、国内に炭鉱がまだたくさんあった。砂川は近隣に奈井江、上砂川、歌志内と炭鉱があり、炭鉱夫の家族がたくさん住んでいた。
が、化学工業の原料が石炭から石油に代わりつつあり、また大きな炭鉱事故が起こるなどの理由で、昭和四〇年代は炭鉱を去る人が多かった時代のようだ。
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上砂川、奈井江、歌市内、砂川の2町2市に広がる炭鉱を総称して「砂川炭鉱」と呼ばれた。1914年(大正3)8月の開坑された。
砂川という地名はアイヌ語の「オタシナイ(オタ:砂浜・ウシ:多い・ナイ:川)」の意訳。音からは歌市内の地名ができている。
参考文献
北海道大百科事典、昭和56年(1981)8月、北海道新聞社。
砂川という街のこと 豊沼-砂川(二)
義父の遺品の中に、「北海道大百科事典」がありました。自分の郷里を振り返るのにとてもよいものです。写真も豊富なので、時々内容を紹介してみたいと思っています。
またお立ち寄りください。どうぞご贔屓に。
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