安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかに日々を送るための試みの記録

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離れて暮らしている親の葬儀のこと 

 

親の葬儀

親の葬儀

こんにちは、暖淡堂です。

 

現在、神奈川県に住んでいますが、僕も嫁さんも、それぞれ両親がいる実家は北海道にあります。

嫁さんは、結婚後はずっと両親と離れて暮らしています。

 

7年ほど前に義父が亡くなりました。

癌で、1年ほど療養した後のことでした。

 

今月、義母が急に亡くなりました。

義母も同じように、癌で、ちょうど1年ほど療養していたところでした。

 

義母とは、3月の3連休に会う予定にしていました。

コロナ禍で制約があったので、ずっと会えていなかったので、楽しみにしていました。

飛行機のチケット予約などをしていたのですが、出発の直前になって容態が急変し、そのまま亡くなってしまいました。

再会のつもりの帰省が、そのまま葬儀に参加するための帰省になりました。

 

急遽、礼服を準備したり、寒いので厚手の上着を用意したりしながら、慌ただしく出発しました。

 

現在は神奈川の自宅に戻ってきており、久しぶりに皆さんのブログなどをゆっくりと見させていただいています。

 

で、今回から数回に分けて、義母の入院から亡くなるまでにあったこと、気づいたこと、思ったことなどを書いてみたいと思います。

 

要介護認定の手続きで起こったこと

義父が亡くなってからは、義母は広い家でずっと一人で暮らしていました。

バリアフリーの状態には十分にはなっておらず、階段が急だったり、トイレに手すりが無かったり、部屋と部屋の間に段差があったりします。

一人でなんとかなっていた間はよかったのですが、転倒して身体が十分に動かせなくなったことなどもあり、暮らしにくい家だったと思います。

それでも、一人で暮らしてきた自信からか、まだまだやれるというプライドからか、要介護認定のための聞き取りでは、実際の状況よりもかなりよいレベルで申告していたようで、介護不要の状況でした。

そんな中での癌発症と療養の開始。

介護が必要になりました。

それまで介護不要となっていたので、取り急ぎ要介護認定のやり直しです。

それに時間がかかったのと、その後の介護の形を決めるのもなかなか話が進められなかったことで、本人も、義兄をはじめとする周囲の人たちも落ち着きませんでした。

 

介護施設に入る時の義母の心境

義母は自宅で介護されながら病院に通うことを希望しました。

自宅での介護は、誰かが24時間付き添っていられることが前提のやり方です。

家族が一緒に住んでいることが前提になると思います。

そして、介護保険制度は、いくつかの支援制度を利用しながらも、自宅での家族による介護を中心にしています。

これは、現在の我々のように実家から離れて暮らしている人にとっては、結構対応が難しいものになっています。

それぞれの家庭の事情によっては、介護離職などにもつながってしまうものでしょう。

 

義兄が中心になって、病気療養のサポートがしてもらえる介護施設を探しました。

幸い、さまざまなサービスが受けられ、部屋の設備も整った施設が見つかったので、そこにお世話になることになりました。

そこに入ってからも、しばらくの間は、家に帰りたい、自宅で過ごしたいと義兄や僕の嫁さんに言っていたようです。

結局は、自宅に戻ることなく、病院で亡くなりました。

 

人生の最後をどのように迎えるのか。

時間をかけて、準備していかないと、なかなか自分の希望通りにはいかないものかもしれません。

 

 

離れて暮らしている親の葬儀のこと

 

ちょっと重たい話になったかもしれません。

すみません。

今回の帰省から帰ってきて、今は身体の疲れを感じているのですが、しばらくすると、別の形の疲れが出るかもしれません。

よろしければまたお立ち寄りください。

どうぞご贔屓に。

 

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dantandho

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