安心感の研究 by 暖淡堂

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「鵲の渡せる橋に置く霜の」 中納言家持(大伴家持) 戦乱の世の武門の歌人

百人一首の六首目の作者は中納言(大伴)家持とされています。

百人一首に採用された歌は「家持集」に入っていたので、大伴家持の作とされていましたが、現在は他人の作とされているようです。

 

 

今回は中納言家持(大伴家持)について紹介します。

 

中納言家持(大伴家持)とは

中納言家持は聖武天皇に仕え、藤原広嗣の乱を平定するための伊勢行幸に連なっていました。大伴の家系は武門の一族であったそうです。

高級官僚として中央や地方でその任につきます。最終官位は中納言従三位兼行春宮大夫陸奥按察使鎮守府将軍。赴任していた陸奥の国で亡くなりました。

中納言家持は歌人として「万葉集」の編纂に関わっていたとされています。

 

時代背景

中納言家持は聖武天皇孝謙天皇淳仁天皇称徳天皇光仁天皇、それに桓武天皇に仕えました。

奈良時代の後期。国内では藤原広嗣の乱などの動乱が起こり、国内情勢は不安定になっていました。孝謙天皇に寵愛された道鏡が政治的な権力を振るうなど、皇室の立場も揺らぎました。

東北では蝦夷による反乱もあり、これは坂上田村麻呂が派遣されてひとまずの決着を得た頃でもありました。

都は平城京から長岡京、そしてすぐに平安京へと遷都を繰り返します。日本の都が京都に落ち着くまでの、不安定な時代でした。

中納言家持の没年は785年。平安京遷都の翌年のことでした。

 

百人一首の歌

歌 鵲(かささぎ)の渡せる橋に置く霜の白きを観れば夜ぞ更けにける

歌の意味:鵲が架けた天の川の橋に置かれた霜が白々としている様子を見ると、夜がすっかり更けたのだなと思うのだ。

 

中納言家持(大伴家持) 戦乱の世の武門の歌人

 

万葉集にある防人の歌。

大伴家持は地方で任官を繰り返す間に、それらに触れることで歌人としての才能を開花させたのかもしれません。

またどうぞお立ち寄りください。

引き続きどうぞご贔屓に。

 

万葉集 ビギナ-ズ・クラシックス /角川学芸出版/角川書店
by カエレバ

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