安心感の研究 by 暖淡堂

穏やかな暮らしのために

「春過ぎて夏来にけらし白妙の」 持統天皇 おだやかな世への願い

百人一首の第二首の作者は持統天皇です。天智天皇の娘、女帝です。

歌われている情景はとてもおだやかなもの。

壬申の乱の後の時代。何事もなかったとも思えません。

平穏な日々を望む持統天皇の理想でしょうか。

あるいは人々の願望に耳を傾けたものだったのかも。

当時は、中国や朝鮮半島の情勢の影響を受けて、政治的な動きはむしろ激しいものがあった時代だと想像できます。

 

今回は持統天皇について紹介します。

 

持統天皇とは

持統天皇は第41代。天智天皇の娘であり、天武天皇の皇后でもありました。

生年は645年とされています。中大兄皇子(のちの天智天皇)が蘇我氏の力を削ぎ、大化の改新を始める端緒となった乙巳の変が起こった年に生まれています。

天智天皇が亡くなった後、皇位継承をめぐって争われた壬申の乱の勝者天武天皇と行動をともにし、天武天皇崩御後に即位した女帝です。

朝鮮半島への出兵、皇族同士の争いとなった壬申の乱などを経ての即位。

女性天皇として、穏やかな世の実現を願わずにはいられなかったのでしょう。

 

時代背景

天智天皇が進めた大化の改新事業を受けて、政治改革が進められました。

国内情勢としては次第に落ち着いたものになっていたようです。

この時期、積極的に導入した仏教の影響を受けた芸術、美術も大いに発展します。

建築物では薬師寺の東塔、仏像としては薬師寺聖観音像などが知られています。

和歌も盛んで、柿本人麻呂額田王などが活躍しました。

これらは白鳳文化と呼ばれます。

中国大陸では東北部に渤海国の建国(698年)などがあり、国内政治ばかりではなく、海外の動きからも目が離せない状況が続いていました。

国内体制の整備が喫緊の事業となります。

この時期、政治の中心にいた人たちは、唐の制度にならった藤原京への遷都を実現し、701年に制定される大宝律令の準備を精力的に進めていました。

持統天皇のこの歌は、藤原京から天の香具山を眺めて作られたものと想像されます。

 

百人一首の歌

歌:春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ(ちょう)天の香具山

歌の意味:春が過ぎてもう夏が来ているのでしょう。天の香具山に白い衣が干されていますよ。(別訳:春が過ぎて、もう夏が来ているのでしょうね。白い衣が干されているという天の香具山にも。)

 

持統天皇 おだやかな世への願い

 

古典の一つ、百人一首を、歌人に注目して紹介していきます。

引き続きどうぞご贔屓に。

 

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