安心感の研究 by 暖淡堂

暖淡堂の雑記ブログ

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臨済録

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示衆(7)「無事是貴人」(無事であること、これすなわち貴人なのだ)「臨済録」より

こんにちは、暖淡堂です。 「示衆」の7回目です。 ここでも繰り返し、余計なことをしなくていい、と臨済は言います。 師示衆云、道流、切要求取真正見解、向天下橫行、免被這一般精魅惑亂。 師は人々に向かって言った、君たちは、なによりも真に正しい見解…

臨済録 原文全文 活き活きとした禅の言葉の奔流

1120年頃に円覚宗演が編纂したとされる『臨済録』を底本としています。当時の口語に近い文体で記されているのが特徴で、学校で習う漢文とは異なり、唐宋時代の禅僧たちのやり取りが臨場感豊かに綴られています。

臨済録原文全文

「上堂」はこちら 「示衆」はこちら 「勘辨」はこちら 「行錄」はこちら 「臨濟慧照禪師塔記」はこちら 鎮州臨濟慧照禪師語錄序 延康殿學士、金紫光祿大夫、真定府路安撫使、兼馬步軍都總管、兼知成德軍府事馬防、撰。 黃檗山頭、曾遭痛棒。大愚肋下、方解築…

示衆(6)「猶較些子」(それでも、まだまだだな): 臨済の四照用 「臨済録」より

こんにちは、暖淡堂です。 「示衆」の6回目です。 今回は、これまで多くの人が関心をもってその意味を理解しようとしている文章の紹介になります。 臨済の四照用と呼ばれている部分です。 照とは、光を当てて相手の内実を照らし出すように見抜くこと。 照察…

【臨済録】鎮州臨濟慧照禪師語錄序の原文と現代語訳

こんにちは、暖淡堂です。 「臨済録」の序文原文と現代語訳を掲載した記事を紹介します。 臨済録全体を読んで思ったのですが、臨済の言葉は、自分自身を取り戻せと言い続けているようです。 そのために、特別な、ことさらなことなど、わざわざする必要はない…

「臨済録」という書物のこと【古典文学:臨済録】

20年前程前に悩んでいた頃、東洋思想に惹かれ、1000年以上前の禅語録『臨済録』に出会いました。「自分を信じよ」という教えに現代との共通点を感じ、原文を整理し現代語訳した本を出版しました。

鎮州臨濟慧照禪師語錄序 「臨済録」から

「臨済録」の序文、原文と現代語訳です。現代語訳は語り言葉としてできるだけ自然なものになるように作成しました。

上堂(3)「赤肉團上有一無位真人」(この肉の塊である身体には無位の真人がいて) 「臨済録」より

臨済禅のキーワードの一つ、「無位の真人」が出てきます。

示衆(5)「大德、且要平常、莫作模樣」(諸君、まずは平常どおりにやっていくことだ。特別な格好などつけなくていい) 「臨済録」より

臨済は、あいかわらず落ち着かずにウロウロしつづける修行者たちに向かって、君たちには生まれながらのしっかりした主体があるのだ、それを見失うな、と言います。

示衆(4)「道流、心法無形、通貫十方」(諸君、心の在り方には決まった形はなく、この世のあらゆるものを貫いている) 「臨済録」より

私たち自身とは、この姿でも、この身体や内臓のことでもありません。 その上に時折ちらつく光、その光を弄んでいるもの、それが私たち自身の本質、本来のもの。 それは清浄であり、分別を超え、差別に捉われない、私たち自身とともにある仏である。 それが理…

示衆(3)「大德、爾且識取弄光影底人、是諸佛之本源、一切處是道流歸舍處」(諸君、君たちは光と影を弄ぶものの本体を見て取るのだ、それこそ諸仏の本源、すべて諸君ら修行者の帰るべきところである) 「臨済録」より

私たち自身とは、この姿でも、この身体や内臓のことでもありません。 その上に時折ちらつく光、その光を弄んでいるもの、それが私たち自身の本質、本来のもの。 それは清浄であり、分別を超え、差別に捉われない、私たち自身とともにある仏である。 それが理…

示衆(2)「今日多般用處、欠少什麼。」(今日さまざまな現象として目に見えることには、なにも欠けたものなどいないのだ) 「臨済録」より

今の自分、そのままの自分が祖仏そのものである。 そう信じることができないから、いつまでもうろつき続けるのだ。 そう臨済はいいます。

示衆(1)「師晚參示衆云」(師は晚參の時、衆に対して言った) 「臨済録」より

ここでは、晚參(夜に行われた説法)での言葉が記録されています。臨済は、相手の本質やそのときの環境によって、その人との向き合い方を変えています。よりふさわしい修行の進め方を示すためでしょう。なお、この部分は古来「臨在の四料揀」と呼ばれていま…

上堂(9)「汝等諸人、作麼生會」(さて、諸君はそれをどのように会得するのか) 「臨済録」より

臨済録「上堂」のまとめの部分です。臨済録の要点がまとめられている部分でもあります。

上堂(8)「論劫在途中、不離家舍」(仏法を論じて進みながらも本来いるべきところを離れていない) 「臨済録」より

今回の部分では、どのように修行をしていくべきか、どのようにすることで、最終的な悟りの境地に至れるのか、それを短い言葉で語っています。

上堂(7)「不作維摩詰、不作傅大士」(維摩詰だ、傅大士だ、などとは言うなよ) 「臨済録」より

「上堂」での講話が続きます。今回は禅の修行の到達点に触れています。

上堂(6)「師云、禍事、禍事」(師は言った、危ない、危ない、と) 「臨済録」より

今回の部分は、禅における問答のあり方に焦点が置かれています。

上堂(5)「如蒿枝拂著相似」(そんなものは蓬の枝で打たれたようなもの) 「臨済録」より

こんにちは、暖淡堂です。 「上堂」の5回目。 前回は喝、今回は棒です。 棒もいろいろな場面で使われます。 喝と棒が使われるときは、いずれも、身体を速やかに動かすことが求めらているように読めます。 心とともに身体も即妙の対応をするべし、と言われて…

上堂(4)「師云、賓主歷然」(主人と賓客との差は歴然としているではないか、と師は答えた) 「臨済録」より

臨済は、集まっている僧たちと、「喝」についての問答を三通り行います。

上堂(2)「大悲千手眼、那箇是正眼」(大悲千手の観音菩薩の手のひらの眼は、いったいどれが真っ直ぐに向き合う眼なのか) 「臨済録」より

臨済が説法に臨むと、僧の麻谷が「千手観音の多くの目のうち、どれが真実の正眼か」と問いました。この問いは、多様な働きの中に潜む本質を突くものです。臨済と麻谷はこの「正眼」をめぐり、禅の真理をかけた鋭い対機往来を繰り広げます。

上堂(1)「府主王常侍、與諸官請師升座」(成徳府主の王常侍が諸官とともに師に説法を依頼した) 「臨済録」より

この「上堂」部分は、当時河北を治めていた藩鎮の一つ、成徳府(成徳軍節度使)主の王常侍に依頼されて行われた説教の記録です。

臨済はどのように修行を始めたか 臨済録序文の冒頭より

臨済は黄檗の弟子になることから禅の修行を始めました。それ以前にすでに出家して経典の研究などをしていたようです。

「喝!!」の声が戦乱と混沌の世に響いた 臨済の生きた時代

臨済の修行のスタイルは、よく「臨済の喝」と呼ばれます。師や弟子たちとのやり取りで、勘所にくると「喝」と叫び、悟りへの一歩を進めます。 師の黄檗は「黄檗の棒」とされているのと好対照ですね。黄檗は弟子を棒でピシャリと打ちました。 臨済もまた棒で…

臨済の四照用 古典としての「臨済録」に学ぶ

弟子の慧然が編纂し、明代に完成した『臨済録』。その間の補足箇所である「四照用」を紹介。これは相手の内心を察する「照」と、働きかける「用」の前後・同時性を説くもので、対人関係の本質を意識する重要性を示しています。

今年のゴールデンウィークは「臨済録」に始まり「臨済録」に終わりました

こんにちは、暖淡堂です。 ゴールデンウィークが終わり、早速夏休みまでのカウントダウンを始めた人も多いかと 僕は出向準備中で、気持ち的に落ち着かなかったのですが、それでもお休みの日数は多めに取りました。 今年のゴールデンウィークの前半にやったの…

臨済の教えはどうして鎌倉で受容されたか 栄西が渡った当時の中国の状況から考える

こんにちは、暖淡堂です。 別ブログ「散木の小屋」で「臨済録」原文全文と現代語訳を紹介しています。 今回は以下の記事を作成した時に考えたことを書きたいと思います。 sanboku.blogspot.com 臨済が修行をし、また多くの修行僧たちを指導した時代は唐の末…

鎌倉と仏教 北条氏と臨済宗 臨済録と禅

平安時代の終わり頃から鎌倉時代にかけて、武士や庶民に仏教の教えが広まりました。 それまでの仏教は教義が難しく庶民には理解しにくいものでした。 また、戦乱で命のやりとりをする武士にとって求められているものに十分に応えられているものでもありませ…

臨済録の序文から考える 臨済録はどのような人たちに読まれたか

こんにちは、暖淡堂です。 ブログ「散木の小屋」では「臨済録」の原文全文をページで公開しています。 どうぞご参照ください。 sanboku.blogspot.com で、現在「臨済録」の原文に現代語訳を少しずつ進めています。 毎朝10分くらいずつしか作業をしていない…