安心感の研究 by 暖淡堂

暖淡堂の雑記ブログ

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タイ駐在備忘録

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2010年9月下旬 タイの暑さには子供も疲れる【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年9月下旬。 夜から朝にかけて雷雨ということが多かった。 雨季の真っ盛りで、雷の影響か、時々停電もあった。 直射日光に当たらないと、少し涼しく感じる。 雨雲が厚く空を覆っていると、それだけで過ごしやすい。 それでも、暑い。 タイなので。 週末…

シラチャ日本人学校に通い始めた頃 スーパーマーケットTopsの初印象 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

家族での食事 2010年3月末からタイのシラチャにあるホテルで、家族3人で暮らし始めました。 ホテルはサービスアパートメントとして利用していて、部屋の掃除やタオル類の交換はお願いしていたのですが、食事は自分たちで作るようにしていました。 食材はシラ…

2010年11月中旬 タイで日本語の本を買う【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

タイで暮らすようになって、10ヶ月以上過ぎた2010年11月中旬頃のこと。 日本語の本を買える場所をいくつか見つけていた。 シラチャの街中にあったロビンソンには、小さいが日本の本を売るお店があった。 置いてある本の数が少なかったが、日本語の背表紙のな…

娘の転校 シラチャ日本人学校へ 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

シラチャ日本人学校校舎 タイへの出向の内示が出てからは、あれこれ大急ぎで手続きをしました。 入社以来、独身の頃も含めてずっと、いわゆる転勤族でした。 結婚して、子供ができてからもタイへの出向を含めて4回転勤しています。 そのたびに家探し、引っ越…

シラチャの街中を駆け巡るトゥクトゥク タイ庶民の足 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

シラチャのトゥクトゥク タイへの旅行を計画されている方、現地での移動手段について関心があるかと思います。 よく耳にするのがトゥクトゥクのことではないでしょうか。 今回は現地で暮らしていた中で、実際に利用したトゥクトゥクについて紹介します。 ト…

軽めの昼食をフリーマントルのベーカリー兼カフェ"Fremantle Bakehouse"で 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】番外編

フリーマントルのベーカリー フリーマントルに出かけた時のことです。 朝食はホテルの部屋で食べてから出かけました。朝食はホテル近くのコンビニ兼スーパーマーケットで買ったもので簡単に済ませています。で、フリーマントルについた頃に大体お昼になって…

2010年10月初め頃 タイの建設工事の早さ(遅さ)に色々と思った 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年10月になった頃。 夕方から夜にかけて大雨が降ることが増えてきていた。 現地の人によれば、そろそろ雨季が終わるので、大雨が多いのだということだった。 場合によっては、洪水があるかもしれない、と不安にさせるようなことも言っていた。 出向先の…

2010年12月 腰痛と日本人祭りの頃 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年12月、タイでのショールーム設営に奔走。現地の柔軟な仕事ぶりに触れ、日タイの長所を活かした協力の形を実感しました。一方で、不摂生による腰痛に悩みつつも、日本人祭りで娘の踊りを楽しむなど、駐在員らしい日々を過ごしました。

2010年12月上旬 タイ シラチャ界隈の駐在員の住宅事情 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

ゴルフ場の中で暮らす 娘の通っていた日本人学校での同級生の自宅に、妻と娘が遊びにいった。 会社の車で送って、ちょっとだけ家の中を見せてもらった。 2階建ての大きな家だった。 周囲がゴルフ場で、きれいに整備されているところだった。 住宅街になって…

2010年11月下旬 ロイクラトンが終わってから、忙しくなった 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

家族でシラチャで暮らしていた2010年11月中下旬のこと。 ロイクラトン(ロイカトン、ロイガトン、ロイカートンなどともいわれる)のお祭りが終わってから、さらに忙しくなった。 www.thailandtravel.or.jp この頃は、僕がそもそもタイに駐在していた目的のう…

2010年11月上旬 タイの気候に馴染み始めた頃 街中の掃除のこと【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年11月上旬のこと。 数日日本に出張していた。 日本は秋になり、気温が低くなっていた。 タイでは着ることのない上着などを持って出かけた。 日本に時々帰国するので、どうしても、普段は着ないが、持っていないと困る衣服がある。 それで、タイの自宅の…

2010年10月下旬 雨季の終わりの大雨 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年10月下旬。 日本から出張してきていた僕の上司が帰国した後、仕事が急に忙しくなった。 翌年の事業計画書や予算などの作成作業が同時に始まったのだ。 それと並行して、現地スタッフのリクルート。 周辺にある国営企業との関係構築。 日本にいた頃は、…

2010年10月中旬 日本から担当役員(上司)来訪 【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年10月中旬。 日中は暑く、夜の間に雨が降るという日が続いていた。 妻の誕生日が来たので、市内の洋菓子店で小さなケーキを買って食べた。 少しずつ現地での暮らし方がわかってきた頃だった。 日本の本社からR&Dの担当役員が出張してきた。 タイでの研…

2010年9月末頃 シラチャに馴染み始めた頃【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年9月末頃。 現地のR&D(研究開発)スタッフ向けに、特許等知的財産に関する話をしている。 思えば、この頃から、知的財産関連の仕事を少しずつするようになっていた。 帰国後、知的財産部に配属になるきっかけは、その辺りにあった気がする。 日本と、…

2010年9月中旬 シラチャの街も次第に涼しく感じるようになってきた【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

スカパープ公園前のセブンイレブン 2010年9月上旬。 タイの暑さの盛りは4月から5月。 ソンクラン祭り(水掛け祭り)が終わると、ゆっくりと気温が下がり始める。 9月は、午前中は晴れ、午後は雲が増えてきて、夕方から夜に大雨という日が続くようになってい…

2010年9月上旬 オフィスの中の寒さが気になり始めた頃【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

この山の方角から雨雲が近づいてくる 2010年9月上旬。 1月に赴任して、3月末に家族と合流、8月には夏休みで一時帰国をした。 で、9月上旬。 タイは時々大雨が降った。 気温が高いので、少々の雨に濡れても平気だと思っていたが、それが油断に繋がった。 重い…

2010年8月下旬その2 ミラクルフルーツ「マジック」のこと【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

www.thaich.net 2010年8月下旬の続き。 タイ駐在後、初めての北海道帰省を終え、妻と娘もシラチャに戻ってきていた。 タイのメンバーはずっと普段通りに勤務していた。 僕がいなくても、全然問題ないということで、安心もし、ちょっと寂しくも思ったが。 ド…

2010年8月下旬 移動が多くてこの頃もまた疲れていた【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

シラチャのサッカー場 2010年8月下旬。 北海道帰省から僕だけ先にシラチャに戻っていた。 数日遅れて妻と娘が戻ってきた。 娘は、残りわずかの夏休みで、読書感想文を書き始めていた。 それに妻はつききりでサポートをしていた。 読書感想文の課題図書は、帰…

2010年8月中旬 帰省で初めての一時帰国(続き) 久しぶりのDomDomハンバーガー【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

ハンバーガーショップDOMDOMの紙袋(2010年夏) 2010年8月中旬の一時帰国の続き。 北海道への帰省中は、レンタカーを借りて移動していた。 黒いスバルのインプレッサだった。 車高が低めで、シートも低く、足を前に伸ばす体勢で運転するので、運動不足で筋力…

2010年8月中旬 帰省で初めての一時帰国 涼しい夏【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

札幌の時計台 2010年8月中旬。 3月末に家族でタイのシラチャで暮らし始めてから、初めての家族揃っての一時帰国をした。 妻と娘は先に北海道に帰省。 僕は少し遅れて北海道に行った。 妻と娘は、妻の実家のある小樽に数日滞在していた。 その間、妻の従姉妹…

2010年8月上旬 夏休みの帰省準備【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

バミーヘンとシューマイ 2010年8月上旬。 4月末頃から始まったシラチャ日本人学校の授業は7月下旬に夏休みになった。 タイの日本人学校の夏休みは短い。 7月下旬に始まり、8月下旬には終わる。 大体1か月くらいだった。 僕と妻には、この夏休みのパターンに…

2010年7月末頃その3 シラチャの街に少しずつ馴染んできた頃【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

スカパープ公園に来ていた果物屋さん 2010年7月末頃のさらに続き。 この頃になって、やっと僕も家族も、タイでの暮らしに慣れ始めてきていた。 妻は、同じサービスアパート(ホテル)に暮らしている他の奥様たちと情報交換を盛んにしているようだった。 シラ…

2010年7月末頃その2 シラチャスカパープ公園で陽が沈むまで遊んだこと【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

シラチャスカパープ公園の夕方 2010年7月末頃の続き。 インドに出張して訪問した大学の学生が、僕がマネージャーをしていた研究施設を訪問した。 まだあちらこちら工事中だったが、一通りみて、それなりに満足してくれたようだった。 その学生は、数ヶ月後に…

2010年7月末頃 シラチャから日本へ手紙を書く【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年当時のシラチャの郵便局 2010年7月末頃。 僕も家族も次第にタイでの生活に慣れてきていた。 食事は自宅で、妻が調理したものを食べるのが基本だった。 シラチャのロビンソンやパタヤのフードランド、バンコクのグルメマーケットやフジスーパーで日本の…

2010年7月下旬 家族は決して手を出さなかったタイのお寿司とチャトチャック市場の思い出せない匂い【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

タイの屋台のお寿司 2010年7月下旬のこと。 家族でパタヤの近くの水上マーケットに行った。 大きな池(沼?)というか、お堀というか、その水を囲むようにして木造の建物が並んでいた。 観光客であったら、売られている物を手に取ってみるかもしれないが、僕…

2010年7月中旬 見慣れても気持ちが落ち着かないが、それでも慣れてしまうタイの風景【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

タイの建設現場 2010年7月中旬。 タイから北海道の札幌で開催された国際会議に出張。 この時は一人で出かけた。 妻と娘はシラチャでお留守番。 会議が終わると、まっすぐにタイへ戻った。 実家にはスケジュールの都合上立ち寄ることができなかった。 この頃…

2010年7月上旬 日本との行き来が増えてきた頃 娘の様子を気にかけていた【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年火災後のバンコクセントラル 2010年7月頃のこと。 シラチャの日本人学校への通学に、娘は慣れ始めていた。 同じサービスアパートに暮らしている同級生とも仲良くなっていた。 外に出ないでも、お互いの家を行き来できるので、学校から帰ったらいつも一…

2010年6月下旬 週末を家族とのんびり過ごす 初めての日本への出張【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年6月下旬には雨季に入っていた。 それでもあまり雨は降らず、晴れて暑い日が続いていた。 仕事では、新入社員(研究員)採用で、大学や公的な研究機関訪問をしていた。 特にチュラロンコン大にはよく通うようになった。 その結果、数人の教授と面識を得…

2010年6月中旬 家族の滞在ビザ手続きをした【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

2010年6月中旬のこと。 仕事はそれなりに進み始めていた。 僕がタイに赴任する前に、タイから日本の大学に留学していた現地のスタッフがいた。 そのスタッフは、僕が統括する組織のメンバーではなかったが、留学を終え、タイに帰国した際は、僕の組織に入り…

2010年6月上旬 サービスアパートの部屋の中の整理、家電品の現地調達など【微笑みの国の記憶:タイ駐在備忘録】

パタヤのモスバーガー 2010年6月上旬。 相変わらず身体の疲れは取れていなかった。 時々大雨が降って、車の通勤に時間がかかるようになっていた。 自分では運転しないが、それでも車の中に往復で2時間以上座っているのはそれなりに疲れた。 疲れがたまる上に…